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ゼミ「『環境の世紀』演習編」



4月19日 鷲谷いづみ


講義の補足

保全生態学の分野でのトレードオフ

 生態学の扱うものは簡単には取り扱えなかったり条件をコントロールして実験したりしにくいため、やや単純化化して考えてみることが重要です。色々な現状を数理的なモデルにして検討し、トレードオフを仮定することはとても多いです。

A+B=T(一定)
 AとBは貯蔵栄養分は種子数。光合成で生産されたエネルギー、物質は一定なので、来年のために資源を残し場合は貯蔵分を大きくし、もし生育環境が不安定な場合は残した資源が無駄になる可能性があるので種子をたくさん作る。

A×B=T(一定)
 AとBは種子の大きさと種子の数。大きさと数がトレードオフの関係になっている。大きな種を作るものは種子数は少しで、小さな種を作るものは種子数が多い。これは繁殖に使えるエネルギーや物質量が一定のため。芽生えが大きな方が有利で競争力が大きいような場合は種子を大きくし、芽生えや生存に適した環境が散在するような場合は小さい種をたくさんばらまく。

ゼミの風景


環境問題におけるトレードオフ

 経済と環境というものがトレードオフの関係にあったりするかもしれませんけど、それは経済というものをどのように捉えるかによって異なってきます。

 例:森林の生態系の保全と経済活動

 林業ということを考えるとかなり矛盾します。ただ、これは短期的に見た場合で、長期的に見れば実は矛盾しません。短期的に利益をあげようとすれば大きな木を伐ることになり、保全とは相反します。しかし、長期的に考えて50年後も100年後も木を伐れるようにしていけば生物多様性の保全とは矛盾しません。また、自然を保全しながら新しい形の観光・サービス業によって地域が潤うこともあります。タイムスケールをどのくらい先まで見るか、固い頭で考えていた範囲をどのくらい柔軟な頭で広げていくかによってトレードオフに見える現象を乗り越えていくことはあり得ます。乗り越えるために努力していかないと環境問題は難しいです。

保全生態学とは

 生態学の分野の1つです。健全な生態系の持続や生物多様性の保全を社会的に決定していくために生態学として必要な研究を担っていくものです。生態学でこういう分野が意識され始めてまだ10年も経っていませんが、最近若い研究者が増えてきています。生態学の分野では大事な分野だと認識が広がっています。他の自然科学と何が違うかというと、机上の学問ばかりをしていてもしょうがないので様々なところで実践的なことをサポートするような研究を行うという点です。専門を深めるだけでなく広い理解が必要になります。タコ壺的な学問でなく、色んな人とコミュニケーションしながら自分の学問を社会に位置付けていくことができる学問であると言えます。



質疑応答

Question

 統合的アプローチというアプローチのお話がありましたが、保全生態学の学問の中で経済・社会的側面を取り入れた研究は進んでいるのでしょうか?


Answer

 まだ十分ではありません。大切であることは認識されていますが、日本では異分野間の学問の連携の歴史はまだ浅いでえす。色んな分野の人達が協力できるようなフォーラムを作ったり、同じフィールドで連携を持ちながら研究してみるということが必要です。あるいは様々なことを勉強している人が出てくることが重要かもしれません。あちこちのタコ壺を覗いてこれとこれと結びつけたらおもしろそうだな、ということが分かる人、そういう専門家というか広い専門家が必要です。現状では学問のあり方が対応していませんが、これからではないかと思います。



Question

 水界生態系以外で自然再生を行っているプロジェクトで鷲谷先生が関わっていらっしゃるプロジェクトっていうのはありますでしょうか?


Answer

 国の方針になってからまだ1年くらいしか経っていませんが、今の内閣の方針として取り上げられるようになり、今年辺りからだいぶ始まりました。一番熱心なのは国土交通省の河川局です。私が関わっているものとしては、霞ヶ浦、渡良瀬湧水地、きぬ川などです。きぬ川の例では昔ながらの河原を残していくことが必要です。どんな管理のあり方が最適か考えていかなければなりませんが、少なくとも河原に依存している生物を引き継ぐために、小規模でも工学的にそのような環境を用意していくこと(マイナー・レストレーション)が必要です。環境省では里山の再生事業も進められています。



Question

 1つ質問で1つ意見です。生物多様性国家戦略は現実的に橋や道路を作ったりするような事業において拘束力を持つようなビジョンになっているのでしょうか?


Answer

 それそのものは拘束力を持ちませんが、国のビジョンなので尊重しなければなりません。計画の段階での生物多様性の保全と矛盾しないか検討や、アセスメントでの動物・植物、生態系などが対象になっているなどです。国土計画などの国の上位の計画を見直すようになれば良いのですが、そういう方向に進むかはまだ微妙です。拘束力という点では十分ではないかもしれませんが、尊重しなければなりません。


Question

 ということは国土交通省などの役人の人は一応は頭に入っているようなことなのでしょうか?


Answer

 省庁間の協議の下で作られて閣議決定しているので省庁も参加しています。ただ、現場で仕事している人に理解があるかというと、ある範囲のことだけ知っているということも少なくありません。こういう戦略があることを行政の方に広く知ってもらうことも大事ですし、一般市民も広く知っていくことも大事です。


Question

 1つ意見なんですが、僕は移入種問題について考えるグループに所属しています。そこで、いつも話題になるのが、ブラックバス、和歌山の台湾猿、ケナフやホタルの問題なのですが、結局移入種問題が怖いのは、洗剤を川に流す効果よりカメかなんかを放してしまう効果が非常に大きい。1人の行為が非常にディザスタルな効果を及ぼすということが分かっていない。


Answer

 生き物は増えるからですね。増えたり性質を変えたりするから化学的な物質なんかより影響力が大きい。


Question

 ただ、そこで問題なのは移入種問題っていうのはいつもぽこっと抜けていて、ブラックバスの問題なんかは分かりやすいというのに、ホタルをどこかから持ってきて家に放すというのは、きれいだ、自然を楽しんでいるということでまるで環境保護をやっているような気持ちになってしまう。ケナフも同じでこれが環境に良いと噂されていて、植えましょう、そしたら良いことがありますと受け止められている。非常に教育に問題があるといいますか


Answer

 本当に仰るとおりだと思います。野生生物に対する意識というものが、広がるような教育っていうのが日本には全然無いんですね。ですから、もしかしたら多くの人が皆さん生き物にあまりご関心が無いということになり、イメージできる生き物が園芸植物やペットのみになってしまい、なぜ他の地域の生き物を移したらいけないのか理解できないんですね。これから外来種対策に関する制度作りが始まります。そこで重視されるのは、他の環境問題でも同じですが、やっぱり学習とか教育などです。また、先生に限らず、指導できる人というのが必要です。皆さんはそういう役割を果たしうるのではないでしょうか。



Question

 先程トレードオフを乗り越えていくということが必要と仰いましたけど、今そのために何かやっている具体的な取り組みなどがあったら教えてください。


Answer

 あまり具体的なことをイメージせずに言ってしまったんですけれども、トレードオフというのをテーマにして私自身が何かやっているというわけではないと思うのですが、そういうことに直面した時は、もう少し視野を広げてこう着状態にあるように見えるところを見てみたりしながら、乗り越える道を探っていくことが重要なんではないかという意見なんです。もしかしたらどういう風に視野を広げても難しい問題が無いとは限りませんど、もう少し理解が深まると思います。ある環境問題のみでなく広く色々見るようになると一番良い解決方法が見つかるのではないかと思います。環境問題を考える人が、ゴミならゴミだっけなど、専門化しすぎているのではないでしょうか。やはり誰でも生き物に対する目をもってほしいと思います。



Question

 一般人の考えからすると環境を保全するというのは感覚的にそうか、やらないといけないのかという風に思っている人が多いと思います。そういうものにはむしろ悪いことがあったりすると思うのですが、なぜ保全をやらなければならないのか、専門の先生としての意見をお聞きしたいのですが。


Answer

 そうですね。NGOの人と連携したり、国の事業に関わったりしているのですが、生態学という立場から考えて望ましいことはこの場ではこうだろうということがアドバイスできるくらいですね。ですから万能ではありませんから今までの経験の中からお話させてもらいます。おそらく専門家でなくとも地域の自然を良く見ているという方はいらっしゃるんですね。多くの場合、そういう方と見方は一致します。


Question

 それは何のためにやっているということでもないんですか?保全のためというよりは、保全という手段を使って何か目標があるというわけでは?


Answer

 目標というのは一言で言えば持続可能性です。人類のですね。最初は自分の関心のある生物の保全ということが目標だったんですが、そこから色々考えていくうちに、「生物多様性を守る」というところから出発して今はどちらかと言えば「生物多様性で守る」という感じです。



Question

 保全生態学があまり発展していないということは知っていたのですが、保全生態学とかそういう環境のものとして何か学部を作ったり、そういうことを学ぶ場が少ないような気がするのですが


Answer

 そうですね。少ないですけど、今私のところは保全生態学という講座なんです。農学生命科学研究科の生圏システム学専攻という専攻ができる時に、そういう講座名が文部省に認められたんです。日本中を探せば他にもう1つくらい確かあると思います。


Question

 そういうのを増やしていこうという動きはあるんですか?


Answer

 今若い研究者が増えていますから、そういう人達がポストにつく時に保全生態学という教室や講座ができていけばと思いますが、中々学問の枠組みというのはそう簡単には変わらないんですね。社会的ニーズというのも色々あり、環境というのも高まっているニーズで、もちろん新しい学科ができたりしていますがまだまだ変わりにくい。というのは既存の学問をやってきた方が急に新しいテーマに取り掛かるということはできないですから、若い人が時間をかけて育ってきた時にそういう分野が発展していくという形を取らざると得ないのではないでしょうか?学術誌などもアメリカ合衆国でオンラインジャーナルで「Conservation Ecology」という雑誌があるんですけど、できたのが1997年ですし、日本でも「保全生態学研究」という和文誌ができたのが1996年です。ですから意識的にそういう分野のactivityが盛んになってきたのが1990年代の後半です。もちろん始まったのはずっと前で、元になるような学問は以前からありますが、あまりに危機的な状況になってきたので周りから学問として認められるようになってきたような感じです。ただ、専門家が大変少ないです。こういうところに参画しなければならない研究分野というのはたくさんあります。色んな専門家の他に全体を見られ利保全生態学的な発想の専門家が必要ですよね。ですが、今のところ私がたまたま保全生態学の研究者として割合目立ってしまっているので色んなところに行かないといけない感じになっています。若い人が増えてきますと分担できて、もっと良いプランが出せたり、仕事ができると思います。



Question

 例えば小学校で「環境」という科目を作ったとして、そういうような教育をしていけばいいんじゃないかと思うんですけれども、さっきのホタルみたいに、良いことだと思ってやっていること、ゴミを燃料にしたら余計にエネルギーを消費してしまったり、本当はあまりよくないことをしていただなというようなことが結構あるような気がするので、例えば「環境」という学問を作ったとして、かえってよくないことが広まってしまうかなっていうのが気になるんですけどどう思われますか?


Answer

 そうですね。正しい情報とか専門家の方と正しい議論をしてきちんと出した手順みたいなものが伝わることが必要なのではないでしょうか。ケナフなんかも一時期すごくはやりましたけど今はその問題が正しく認識されるようになってきたのでもうやめてますよね。学校ビオトープなんかも最初は目をおおいたくなるようなものがありましたが今は正しい情報が伝わってきています。やはりある程度理解している方からの情報発信とか色んな場面での議論が重要になってくると思います。それから学校教育なんですが、皆さんご存知のように総合学習が今年度から始まっています。それは学校の先生のみでなく、地域から先生を招くことも多いです。環境に関して積極的に活動している方達が正しい情報に基づいて学校に行って環境教育を実践するようになれば問題は無くなっていくような気がします。



Question

 今、移入種問題などは初めて聞いたのですが、ホタルとかは、良くやっているつもりで悪いというのは?


Answer

 悪いというのは、ホタルがその地域に適応していたり、血筋のようなものを持っていたりするわけなんですが他の地域に持っていくと雑種ができてしまい、自然のパターンを崩してしまうことになるんです。生き物を移動させるということに関してはかなり慎重に行わなければならないんです。自然を豊かに、とか自然再生とかいうようなテーマで結構変なことが起こってしまいがちなんです。だから、ホタルの生息環境を取り戻したりなど、地域のものを復活させるのは良いのですが、自然再生という時に他の場所から乱獲して持ってきて生息環境が整っていないので毎年その地域で多くが死んでしまい、とってくる先も減ってしまうということになってしまいます。生物的にまとまりのある地域性ということを意識するのが重要で、今そういう認識も深まってきています。



Question

 先程の講義の中で、色々広いことをやっていてよく分からない部分もあったので1つだけお聞きしたいのですが、生物多様性、色んな種がいるということや遺伝的に多様であるということがどうして僕達に恵みを与えてくれる健全な生態系というものとつながるのか分からなかったのですが。


Answer

 おそらくかなりタイトな関係があると考えられています。1つ挙げてみれば、生態系が健全であるということは色んな機能を担う生き物がいるということですよね。それで色んな機能は違うグループの生き物が担うので様々な生き物がいなければならないわけです。そのようなグループがきちんと確保されていないと生態系での物質やエネルギーの大きな流れが妨げられている。また、生物が生きていく環境も他の生物との関係でなりたっている(ポリネータなど)ので、グループがたくさんないといけない。同じような役割を果たす生き物なら一種ずつ残せばよいのかというような問題もありますね。これは、同じよう役割を果たしているように見えても細かいところで異なっており、その生物がいなくなったら困るかもしれないし、あるいは環境の変動などで1種が絶滅しても他に同じ役割を果たす生物がいれば(冗長度)、代わりになるためやはり重要です。多様性が高いということはいろいろな機能が十分に発揮されると同時に、安定的に発揮されるという意味で重要だとされています。ただ、私達は野生生物に対してごく一部の知識しか持っていません。認識もされていないような土壌中の微生物が重要な担っている機能もあります。ですから、分かっていないからこそ今の状態を保とうというのが目標でもあるのです。



Question

 今の説明と大体重なると思うんですけど、生物多様性と持続可能性のつながりっていうのは、要するに複雑で1個欠けるとどうなるかよく分からないからということではなくて、やはり環境の変化に対して安定だからということなんですか?


Answer

 両方です。それもありますし、生物多様性の減少させている原因は私達にも関わってくるからおろそかにはできないし、色んな側面から生物多様性の維持が目標になっています。


Question

 ただ、その失われていく原因が例えば開発で、開発しなければ貧困から抜け出せないというような状況であった場合、よく分からないという理由だけでは多分それを止めることはできないと思うんですけど。


Answer

 貧困から抜けられないというのは今の時点ではそうかもしれませんけど、生物多様性が失われてしまったらもう少し先を見た時に一旦豊かになったように見えてももっと厳しい貧困が待ち受けているかもしれませんよね。そういうような視野を持つことが重要です。


Question

 多様でなくても先程おっしゃった様に、生態系の機能が維持できるように1種類ずつ役割を果たすものがいれば


Answer

 そんなこととても今は言えません。


Question

 それでしたらただ、今分からないからという理由のみになってしまうような気がするんですが


Answer

 今分からないことっていうのをおろそかにしないようにしようっていうのが今の考え方の基本になっています。予防原理とか予防原則という言葉がありますよね。昔だったら、分からないのにそれを守ろうというのは贅沢じゃないかというような発想で色んなことが行われてきたんですが、それで深刻な問題を引き起こしてしまったんですよね。それで分からないんだったらなるべく安全側で判断しようというのが今の考えなんです。だから、生物多様性の保全というのもかなり市民権を得てきたんです。


Question

 僕が言っているのはそういうことではなくてですね、1種類ずつでも大丈夫だということが分かった場合多様性を失わせてもいいかという


Answer

 それは実は違うんです。今日は話を複雑にしたくなかったので人間中心的な視点からのみ話をしたんですけれども、生物多様性の保全を考えるバックグラウンドには存在価値を重視するということがあります。文化財などと同じく、現在の生物多様性は歴史的な産物でかけがえのないものという意識があり、また、これからの生物の進化を保証するという意味で多様性は重要なので存在価値も大きいんです。



Question

 生物多様性の存在価値が認められるのと同じように、道路や橋にも存在価値があるという時に、それを打開するためには


Answer

 それはもうそこに関わりのある人達の中での徹底した議論によって結論を出すしかないと思います。必ずしもどちらかが上位に来るというわけではないです。ですが、橋とか道路などの意味は皆よく分かっているので、今の時代は少し割り引いて生物多様性を少し重視するような姿勢でちょうど良いのではないかと思います。



Question

 今日の話とずれるかもしれないんですが、今年は桜前線が早いという話がありますがこれは温暖化の影響があるのかなと思っているのですが、ということは暖かくなるのが早いということじゃないですか。そういう面で今何か問題が起こっているのでしょうか?


Answer

 きっとあまり気が付かれてないと思いますが色んな変化がもう起こっていると思います。どういう環境のシグナルにレスポンスしてある時期に花を咲かせるのかというようなことは植物なら大体同じですが、昆虫も全く同じシグナルに反応しているのだったら同じ時期に出てこれますけど、もし違うシグナルに反応しているとしたら、気候が変わると花が咲いてもその植物にとって重要なポリネータとなる昆虫が活動していないというような状況が出てきてしまいます。生物間の関係は網の目のように張り巡らされており、研究されているのはごく一部です。分布域を変化させることができれば良いのですが、今は分断されてしまって分布を変化させたり環境に適応したりしにくくなってしまいます。もっとひどくなってくるともしかすると人為的に移動させるというようなことも課題となってくるかもしれません。東京はヒートアイランド現象があり温暖化と重なった時に亜熱帯や半乾燥帯の外来種の生物が侵入してくるとこれも問題となってくるのかもしれません。



「開講にあたって」
「環境三四郎によるプレゼンテーション」
「生物多様性3つの危機と『国家戦略』」
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