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森林科学からみる21世紀の環境保全



4月20日 太田猛彦

はじめに

太田猛彦

 下の7つの森林についての質問にどれくらい答えることができますか?

  • 1)森が成長すると、川の水が減る!
  • 2)実は、日本の森は数百年ぶりの緑で覆われている!
  • 3)熱帯の森の土は10cmしかない!
  • 4)森の川は栄養が少ない!
  • 5)大地の歴史は森から始まった!
  • 6)砂漠には洪水がふさわしい!
  • 7)森は海である!

 以外にこれらの基本的な事実は知られていない。「森林」はとても奥深いのである。簡単には語れない。
 まず初めに、砂防工学から見た;物理学的に、水循環から見た森林環境問題を知っていただきたい。

目次
イントロダクション

地球環境史の中の森林 まとめ:森林は、人類にとってのお母さん>

〜質問会〜


■物理学的に見た森林環境問題の意外な側面

 これまでは、森林学は林業など生態系の知見から考えられてきたけれども、科学的に物質循環の側面を考え合わせ、総合的に森林科学を見た研究は少ない。自分が新しく作った「国際森林環境学研究室」は、後者の研究をしている。また、水の循環にも森林の有無は密接に関わっている、したがって「森林水文学」の研究もこれまで行ってきた。


あなたは森についてどのくらい知っていますか?

 下の7つの質問を、全部答えられたら「森林」について語ってもよい。でも3つくらいしか答えられなかったら、「森林」については語る前に、今日の講義でできるだけ知ってほしい。



1)森が成長すると、川の水が減る。

 渇水時には木も水を欲しがる。うちの研究室では、似たような地形・環境に森林のある山とない山を作り、実験したところ、森林が成長すると川の水が減るというデータを出した。森林のある山の方が、渇水流量(高水量の少ない時期の川の流量)が少なかったのだ。


2)日本の森は数百年ぶりの緑で覆われている。

 日本に今、禿山はあるだろうか? ないでしょう。江戸時代などでは、日本のいたるところに禿山が見られたのです。今の山は、数百年ぶりの緑で覆われているのは森林科学者の中では常識。この事実を知る人は少ないのは、私たち研究者にも責任があるかもしれません。


3)熱帯の森の土は10cmしかない

 熱帯雨林の山を上から見渡すと、たった10cmしか土壌=養分のある土がない。伐採したりした後、何ができますか?コーヒーを作りますか、穀物を作りますか。わずか10cmの土壌では、焼畑農業も2,3年しか持たず、養分が全くなくなってしまう。エネルギーと水はあっても、何も育たない。


4)森の川は栄養が少ない。

 木を植えると魚が戻ってきた、川が養分を運んでいるというのは、ある一面でしかない。栄養がない、のが清流なのである。栄養の種類にもよるけれども、基本的には。


5)大地の歴史は森から始まった。

 今日はこの内容について少し話をしてみようかと思う。


6)砂漠には洪水がふさわしい。



7)森は海である。

森林の機能の中に水循環がある。


   

●森林環境問題は難しい問題である。〜運動と研究の違い〜

 長野県知事が提案した「脱ダム宣言」はご存知でしょうか。「できる限りコンクリートのダムはつくるべきではない」と謳われている。またあまり知られていないが、それと平行して、「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」が出した「緑のダム構想」がある。(一種の運動である。) しかし、「緑のダム構想」を考えているメンバーの中には、森林の専門化が1人しか入っていない。もちろん、しっかりとした事は言っている。ある程度まで正当性が確からしい主張を、強調してスローガンとして繰り返し掲げる。運動においては、そういうのもアリだ。しかし研究は運動とは別のものである。研究分野では、こんなに簡単に「森林」について語れはしない。研究者は常に何を正しいとするのか、迷っている。決断を下せないでいる。難しい問題なのだ。



■森林科学から見る私の環境問題


 森林から環境を見ると・・・
 自然環境の要素は、4つ。地質、地形、気候、植生。土壌はこの4つから二次的にできる。

昔は人類は植生の一部だった。植生を壊すということは人類の環境を崩すということだから、人間の生存が危うくなるのも当然だ。

自然環境の様子《昔》

 現在は、人類がいつのまにか植生をいろいろと変えてきた。また、人類の自然環境への影響が無視できなくなり、人類が5つ目の自然環境の構成要素となってきたのだ。

自然環境の様子《現在》

■森林はなぜ大切か?


森林には本当に二酸化固定能力があるのか?

 極相の森林の中では、CO2の増減はない。人間がその中で暮らしてもいなくてもだ。バランスがとれているのだ。バランスが全体でとれているから、1つが変化すると全体が変化する。もし、地球上の森林を全部伐採してCO2量が増えたとする。確かに、多少は温暖化に影響するが、化石燃料からの排出量に比べれば、それ程大した量にはならない。しかし、なぜ、温暖化の議論に森林がでてくるのか。それは地球環境、自然環境は全体としてバランスがとれているからだ。関わらざるを得ないのである。また、人間が一番大きく手を加えているのは、「植生」である。だから森林の問題は、環境問題を語るときに必ずでてくるのだ。人類が影響を大きく与えてきた過程で自然環境を構成する要素の一つに「人間」というものがでてきたとも言われている。


森林は非常に多くの機能を持つ。

 物質生産機能 環境保全機能 保健・文化的機能 生物多様性の保全機能 など、様々な機能を持っているが、この機能をもっているから、森林が大切だというのは表層的な気がする。これから、森林がなぜ大切なのかについて講義したい。



■地球惑星の特徴

金星・地球・火星 質量、大気組成等の比較

 金星と地球と火星、だいたい同じ。一番違うのは、大気の組成。金星のCO2濃度は95.6%、地球のCO2濃度は0.034で、非常に少ない。地球上の表面の炭素に酸素を全部くっつけて、二酸化炭素にすると、地球のCO2濃度も95.6%になる。なぜなら、金星も地球ももともとの作られ方が同じなのだから。では、もう少し地球を細かく見てみましょう。


地球の特性
  • 1)海がある。
  • 2)大陸がある。
  • 3)プレート運動がおこっている。
  • 4)生命が存在している。
変化したこと
  • 1)大気の組成の変化
  • 2)寒冷化
  • 3)大陸の移動
  • 4)生物
  • 5)二酸化炭素


  • 1)大気の組成の変化

 酸素は約20億年前から大気の中にできてきた。生命は約38億年前にできた。生命ができたときには大気はなかった。つまり、大気のないときに生命が存在したのである。やがて、光合成により爆発的に酸素ができた。吐き出した炭素が海の中に酸化鉄ができた。しかし、全部酸化鉄にはできないから、海は酸素を大気中に吐き出した。そうやって大気中に酸素が存在するようになったのである。


  • 2)寒冷化

 地球の温度は上がったり下がったりしながら、全体としては段々下がってきている。また、太陽も変化している。1億年に30%光の強さを増している。これを考えて、20億年前には−25度くらいの平均気温になるはず、なのに、実際の平均気温はもっと高かった。なぜなら、二酸化炭素の温室効果があったおかげなのである。太陽が暗かったのに、地球はむしろ暖かかった。火星ほど寒くなく、金星ほど熱くない温度になった。そして、太陽が暖かくなってきた時に、地球は二酸化炭素を固定することによって寒冷化してきた。地球ってのは、本当に微妙な宇宙のバランスの中で存在してるのだ。その微妙なバランスを作り出すのに、生物が関係してきたことが重要なことである。

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■植物進化の歴史 −現在の自然環境がどう作られてきたか−

1)海中での進化

 4億2000万年前、オゾン層が生成。海の中にいれば、紫外線は防ぐことができた。しかし、オゾン層が生成したあと、つまり4億2000万年前、陸地に生命が存在することができるようになったのである。だから、オゾン層の破壊は大変なことなのである。陸地での生活を可能にしたものを壊しているのだから。


2)シダ植物の上陸

 海岸にしかなかったシダ植物がたった3000万年の間に森林を形成した。モクセイシダの森林ができたのである。このシダは維管束系が発達していた。これが石炭紀の森林であり、今、石炭ができた。ではなぜ石炭ができたのだろうか。それは、陸上の有機物を分解する微生物がまだ進化していなかったためである。分解されないからどんどんたまって、今よりもはるかに多くの炭素を固定することができたのだ。だから、石炭ができたのである。個人的な経験からも、シダって中々腐らないのだ。あんまり堆肥にならない。これは、微生物のいなかった時代のなごりなのだと思う。

3)種子植物

 針葉樹の進化によって、森林が内陸まで存在できるようになった。乾燥した内陸に種子植物が入っていくことによって、砂漠以外は全部海と同じ蒸発面となった。そうやって気候が安定してきた。


4)裸子植物

 花粉を遠くに運ぶために、動物に運んでもらった。動物と植物がペアになって進化してきた。共進化の世界では、生物多様性がどんどん増す。熱帯林は共進化の産物であるから、生物多様性の宝庫なのである。


5)草本植物

 寒冷化と乾燥への適応として草原ができてきた。草本植物は最後に誕生した。地質学的な遷移は、みなさんがよく知っている生態学的な遷移と逆の方向をたどっている。このような歴史をたどって、現在の自然環境が存在している。



■地質時代における森林の役割

1)炭素の固定

 今の森林よりはるかに多くの炭素を固定していた。地球温暖化の議論にシンクの話を持ち出すのはばかげていると思う。だってそれは化石燃料の使用の問題であって、森林を植えるかきるかの問題ではないのである。なぜなら、現在の森林は二酸化炭素をほとんど固定していないんだから。二酸化炭素を本当に固定しているのは北方林だし、植えた面積と固定量が比例するわけでもないのに。

2)炭素の蓄積

 なぜ禿山があったのか。それは山の木や草をきったから。山の木や草は、薪などとして、人々の生活に不可欠だった。身近に存在する木や草を生活に使わなくなったから日本の森林は緑で覆われるようになってきたのである。

3)森林の分布の拡大

 分布が拡大することで気候が安定していたのである。したがって、森林が変化すれば、まず第一に気候の変化がおこる。

4)生物多様性の獲得:有機物に富む森林土壌の生成


■まとめ:森林は、人類にとってのお母さん

 現代言われている機能だけではなく、これら地質時代の機能をもっと見たうえで、森林の評価を行わなければならない。しかし、本当にいいたいことは、46億年間森林が地球に存在してきたことによって、現在の自然環境がつくられてきたということ。現在の自然環境は、46億年、地球に森林が存在してきた結果なのである。森は、われわれ人類にとってお母さんのようなものなのだ。お母さんの機能って、いっくらでもあげられるでしょう。母乳だけ与えてるわけではない。抱きかかえて飲ませている環境も機能しています。お母さんが子供に飲ませる母乳は貨幣に換算できますか?森林もそういうお母さんのような機能をもっているのです。このことを、頭の中に入れた上で、現在の森林を考えてほしい。

 学術会議に対して、「森林と農業の多面的機能を考えてみてくれ」という要請があった。現在、日本の農業は苦しい立場におかれており、農水省は、農業の多面的機能を評価しようとしているのである。農水省の計算によれば、森林の価値は1年間75兆円と出た。しかし、より客観的・専門的な機関の研究が必要となり、私の研究室に評価を要請されたのだ。しかし、森林の価値を計算できますか?その試みは、市場主義、経済的合理主義の中で行われることであり、市場主義の中では、数字がないと、管理などのための予算はつかない。しかし、予算がついたとしても、どのように管理していくか、考えられますか?この問題を今学術会議で検討中です。なにかのきっかけで「森林の多面的機能」に関する記述を見かけたら、チラッと見てみてください。



質問会

質問1

Q:実際に林業で暮らしている人が、生活に苦しんでいる中で、学術会議に時間をかけていていいのか?

A:どんどんやらないといけない部分と、じっくりやらない部分、両方必要なんです。目先にとらわれるとスローガンだけになってしまい、中身がなくなってしまう。


質問する受講生
      質問する受講生
質問2

Q:森は海であるというのはどういうことですか?

A:森林は多くの水を蒸発散させているということ。森林はむしろ水面よりも水を蒸発散させている。


質問3

Q:将来に向けて、森林資源をどのように保全すればよいとお考えですか?

A:資源としてどうするかということと、環境としてどうするかという2つがある。資源として、は、。環境としては、生物多様性の問題を考慮しながら考えていかなければならない。しかし、市場経済がうごいているから、その中でどのように保全していくのか。まだ私も100%わかってはいないので、みなさんと議論していきたい。


質問4

Q:熱帯林の土を10cm掘ったところはどんな風になっているのですか?

A:その地質によるが、火山灰層なら火山灰があるし、岩盤があることもあるし。

太田先生事後企画・質問会
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