リスク・予防原則に関する連続勉強会 - 第一回報告

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第一回報告

『環境リスク論』中西準子, 1995, 岩波書店 【必読文献】
『環境政策論』岡敏弘, 1999, 岩波書店【任意文献】

徳田報告分

リスク管理原則(岡 1999; p.51)

世の中には、様々な種類のリスクがあり、対策をするための資源は有限である。 そこで、どのようなルールで、対策をするのかという指針が必要になる。リスク 管理の原則には、「ゼロリスク原則」、「等リスク原則」、「リスクベネフィッ ト原則」の3つがある。今回学んだこととしては、
・対策をするための資源が有限である以上、「ゼロリスク原則」は合理的ではな い
・リスクの総和を削減するためには、「等リスク原則」を適用する必要がある
・ただし、リスクを削減するための費用を考慮して、効率的にリスクを減らす必 要があるので、「リスクベネフィット原則」が望ましい。
・「等リスク原則」と「リスクベネフィット原則」は二者択一のものではなく、 著しくリスクの高いものには前者、それ以外には後者といった使い分けが可能で ある。
本来的、リスク削減は公共政策の一環であり、主体性、公平性、心理的要素など も含めた「効用」を最大化する必要がある。しかし、ここでは削減のためにかか る費用のみを考えて「便益」を最大化する方法を取っている。これは「効用を他 者間で比較することは不可能だ」(新厚生経済学)の立場をとったものである が、上記の要素をどのようなプロセスで意思決定に加味していくかが課題であ る。

専門家と市民(中西 1995; 第6章)

いくつかの研究で、専門家はリスクの重大さを期待値 ([結果の影響の大きさ] ×[起こる確率]) で判断するのに対し、市民は別の要因から判断をするというこ とが明らかになっている。(尚、ここでいう市民は、専門家ではない人くらいの 意味です。)ひとつには、市民は科学的知識が正確でないので、感情的な対応を するということがある。これに対応するためには、正確な知識を与え、不安を取 り除くという作業が必要になり、マスメディアの役割とかコミュニケーションの 仕方が問題になる。しかし、一方で専門家の側が、一般の人のニーズを把握して いないという問題もある。リスクとはあまり関係けれども、例えば、医者は延命 を行なうとするが、患者はそれ以上の治療を拒否するといったことがある。これ は、患者に治療に対する不安があるということではなく、もうこれ以上苦しんで まで生きたくないというニーズが医者に伝わっていないのである。リスクの場合 も同様に、モデルに便益として組み込んでいるものの中に、主体性、公平性、心 理的要素といったものが加味されていないということがある。期待値に基づか ず、被害が著しい場合は対策をするという「予防原則」などによりモデルを改善 する余地もあるが、一方で便益分析の限界も認識する必要がある。

世代間分配(岡 1999; p.164-67)

公害問題の事後的な解決策は、加害者から被害者への補償という形でなされるの が一般的である。ところが、世代間の問題に関しては、この補償ができない。例 えば、現代世代が原子力発電を使うことで、将来世代に放射性廃棄物を管理する ための費用が発生したとする。一見、加害世代が補償基金をつくり、将来世代に 支払えばいいように思える。ところが、よく考えてみると、紙幣はただの紙切れ であって、将来世代における紙幣の流通量を増やすだけで、富を増やすわけでは ない。世代の中の、ある主体(電力会社)から別の主体(周辺住民)へと所得移 転をすることは可能だが、ある世代から別の世代へ所得を移転することは不可能 なのである。
未来世代への補償が成立しないということは、「仮に補償された場合に は・・・」という発想で世代間の分配問題を意思決定すること自体に問題がある ことを示しており、環境問題を考えるうえで大きな示唆を与えてくれる。そもそ も原子力発電を使って、将来世代につけを残すこと自体に公正上の問題があるの である。しかし、同時に現代世代がどのような選択をしたとしても、将来の世代 へ何らかの影響は与えることは事実なので、どのような影響ならば許されるの か、許されないのかという点を考える必要がでてくるだろう。

向江報告分

リスクベネフィット法が利用される

 リスクベネフィットという一見科学的・定量的にリスクを比 較できる手法にも政治が介入してくる可能性、または政治 にリスクベネフィットが利用されてしまう可能性がある。例 えばある企業に都合の良い結果を出すモデルなどが選ば れてしまう可能性がそれである。それに対し中西先生は、 データから結果を出すまでの過程を公開することができる ので、その都度修正をすることができるといっているが、 実際にその修正がなされない十分に可能性は考えられ る。
 また、都合の良いモデルを選ばないまでも、リスクベネフ ィットという手法を選択してしまう時点で、ある団体の利益 に結びついてしまうことがある。例えば、自動車の排気ガ ス規制を行うとき、科学的にも経済的にも効率的な規制を 行うためにリスクベネフィット分析をするという立場をとる時 点で、自動車の廃棄ガス規制は時間的に遅れてしまうこと になり、その結果自動車会社はその結果がどうこうに関わ らず得をしていることになる。
 そのようなことを回避する方法として、ある程度意見の対 立のある主体を最初から審議会に取り込んでおき、多くの 主体が納得できるような結論を出すことが考えられる。
 つまり、合理性の種類には、科学合理性と社会合理性が あって問題によってどのように合理的にしていくかを選択し なければならない。 →次回「危険社会」に続く

「未知因子」と不確実性

 中西先生の「環境リスク論」に載っていたスロヴィックの図 の「未知因子」というのは、市民がどのようなことに危機感を もっているかという、かなり心理的な要素である。
 それに対し不確実性(不確かさ)は、二酸化炭素によって 気候がどのように変化するか分からないことや、モデルの選 び方によってリスクの値が何桁も違ってしまうなどのことを指し ている。

リスク論の使える問題・使えない問題

 今回はあまり話しに出てこなかったが、リスク論の使える問 題と使えない問題があると思います。原子力発電は事故発生 の確率をちゃんと求めることはできないし、その影響は甚大な ものです。遺伝子組換えについては影響も確率も不確実で、 不可逆性などの要素もあります。温暖化などもそうだと思いま す。
 向江個人の意見ですが、リスクがある程度分かっているもの で(岡先生の本で出ていたような水道水中のトリハロメタンやベ ンゼンやダイオキシンなど)で政治的な利害とあまり関係がない ものに関してのリスクベネフィット分析は、定量的に優先順位を つけることができるということで、結構有効なのではないかと思 います。市民の心理的な影響までを完全に取り込むことは不可 能だとしても。

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