問題点を解決するには
ここまで割ばしの流通機構とその変遷についてお話してきましたが、 これからは、それではどうしたら割ばしが環境に与える影響を小さくすることができるか、について見ていきます。 あるものが環境に与える影響、これを環境負荷といいます。割ばしは木材で作られるので、森林に環境負荷を加えていますが、 この負荷はどうしたら減らせるのでしょうか。割ばしの環境負荷を減らす方法として、主に以下の4つのものが考えられます。
- 割ばしそのものの使用量を減らす
- 使用済みの割ばしをリサイクルにまわす
- 規制により、同じ量の割ばしを作るのに切る木の量を減らす
- 低利用木の利用により、同じ量の割ばしを作るのに切る木の量を減らす
これらについて順次見ていきます。
1 割り箸の使用量を減らす
まず一つ目です。割ばしそのものの使用量を減らせば、 割ばしが環境に与える影響は当然減ります。最も原始的な方法ですが、その分確実に効果はあります。この手の割ばし使用量を削減する動きはすでに起こっています。
弁当
ある大手のコンビニ・チェーンでは、 今年(1999年)の5月から割ばしを弁当と一緒にあらかじめ包装しておくのではなく、売るときにレジで袋に入れるようにしました。 このコンビニでは、これまで割ばしを弁当の包装の中に一緒に入れていましたが、 この方法では、本当は不要な人にまで割ばしを渡してしまうことになるし、お弁当を二つ以上食べる人には割ばしを二つ渡してしまうことになります。 このコンビニではこれを資源の無駄と考え、方法を改めたのです。割ばしをレジで渡すというのは、とくに珍しいことではありません。 今でも普通のお弁当屋さんでは割ばしを弁当箱に最後に輪ゴムで止めて渡していますし、 コンビニでもアイスクリームのスプーンはレジで渡しています。このような方法で、簡単にとくに負担もなく 割ばしの使用量を減らすことができます。ただ、この方法ではお客さんの方に割ばしをもらわないメリットがないので、大した効果を上げることはできません。
この欠点をなくし、お客さんがもらわないことで 得するような方法をすでに採用しているところもあります。都内のある弁当屋のチェーンでは、 割ばしが不要なお客さんには、 代わりに1枚カードを渡すようにしていて、このカードが20枚たまったら100円分のお惣菜と交換することにしています。 この方式ではお客さんも割ばしをもらわないことで約5円得するわけですから、必要ない人は絶対に割ばしをもらわなくなります。このお店では、実際にかなりの人が割ばしをもらっていませんでした。
飲食店
さて、以上のような方法を取ることで 割ばしの使用量をある程度は減らすことができます。しかし、減らせるのは全体のごく一部に過ぎません。 さらに、今言ったような方法で削減できるのはすべて弁当用の割ばしで、飲食店の割ばしは含まれていません。 割ばしの使用量の中で、弁当用の占める割合は約15%であるのに対し、業務用、飲食店用の割ばしの占める割合は65%にものぼります。 この飲食店で使われている分を減らさなくては、全体としては消費量がほとんど変わらないということになります。 それでは飲食店で使われている割ばしはどのようにして減らしたらよいのでしょうか。
まず、最も単純な減らし方は、皆が自分の箸を持ち歩き、 飲食店でもそれを使うという方法です。非常にシンプルな方法ですが、 この、箸を持ち歩くという、いわゆる持ち箸運動は、割ばしによる自然破壊だけでなく、 一般に使い捨て型のライフスタイルに対する抗議の意味を持つと考えられていて、 以前割ばしが問題になったとき、 自然保護に関心を持つ人たちが実践して話題になりました。この持ち箸運動は、一見すると少数の自然保護運動家しかできない、 一般の人が実践できる真の解決策ではないように見えるかもしれませんが、かつて太平洋戦争の末期には、 国内で木材が不足したために割ばしの使用が禁止され、皆が駅弁を食べるのにも自分の箸を使っていたという事実があります。 持ち箸は、決して不可能なことではないのです。
もちろん、そうは言っても、今すぐに皆が持ち箸をするのは現実的には不可能です。そこで、割ばしへの批判が高まっていた1990年頃、 飲食店の方で割ばしから普通の洗って繰り返し使う箸、洗い箸に変える動きが出てきました。 洗い箸への変更は全国の飲食店で見られ、そのためにそれまで増加を続けていた 割ばし輸入が減少するほどの規模でした。このころは、特に官庁の食堂や大学の生協食堂などで 割ばしをやめるところが多く、マスコミにも取り上げられ話題になりました。
しかし、今から振り返ってみると、 当時の割ばし廃止論はすこし性急だった面は否めません。科学的に環境への影響を減らすためには、 何かを何かに代えるときは必ず両者の環境負荷を比較して、変えるときもそれから変えるのでなければなりません。 この場合、割ばしと洗い箸との比較はほとんど行われていませんでした。
さて、それでは実際には割ばしと洗い箸、 どちらが環境によいのでしょうか。このことを調べる方法として、LCA(ライフサイクルアセスメント)という 方法があります。LCAは、ある製品について、それが工場で作られる段階から最終的にゴミとして処分されるまでの間に、 どれだけの資源を使用するのかを調べるものです。これによって、その製品を使うことにより 消費される資源の量が分かります。割ばしと洗い箸の場合は、割ばしは主に木材を消費し、 洗い箸は水を汚染しているので、両者を単純に比較することはできませんが、 それでも一応の目安にはなります。私たちはそう考え、文献に当たってみたのですが、 割ばしの環境負荷について定量的に研究した論文を見つけることはできませんでした。 ですから、ここでは、割ばしを洗い箸に変えることにより必ずしも環境負荷が小さくなるわけではない、という以上のことは言えません。
2 使用済みの割り箸をリサイクルする
こうしたこともあり、 現状で割り箸の消費量をゼロにするというのは、 あまり良い方法ではありません。そこで、割り箸をその使用後にうまくリサイクルする方法が 必要になってきます。使用済みの割ばしは、使用済みとはいえ、まだ木材のままです。 そのため、いろいろな木材の用途に再利用することができます。
使用済みの割ばしを再利用する試みの中で、 現在もっとも有名なのはある製紙工場がはじめた、パルプ原料としてのリサイクルです。 使用済みの割ばしでも、紙パルプに必要な繊維は元の状態で残っています。割ばしを紙パルプにリサイクルするという運動は、 この点に注目して進められました。製紙工場に集められた割ばしは、洗浄した上で砕かれて、 他のパルプチップと混ぜられ、紙パルプの原料の一部になります。割ばし10kgでは、だいたいティッシュ15箱分くらいになります。 現在、工場の周辺で学校給食に使われた割ばしや、付近の旅館から出た使用済みの割ばしを中心に、 年間数十トンがリサイクルされていますが、それでも工場で使われるパルプの0.0001%にしか過ぎません。 また、現状ではコストの面で輸送費までは出せないので、工場の周辺以外の人が割ばしをリサイクルする場合は、 工場までの輸送費は送り主の負担になります。
このように、まだリサイクルされる量は少なく、 またボランティアベースで行わざるを得ないなど、紙パルプへのリサイクルは様々な問題を抱えていますが、 それでもこのリサイクルには歴史的な意味があります。このリサイクルは割ばしの分別回収を前提としています。 ゴミ分別の細分化はすでに日本でも進められていて、面倒だなあと思っている方も多いと思いますが、 これはリサイクル社会を作るときに第一に行わなければならないことです。分別されて資源として使えるようになれば、 それを利用するような技術が必ず出てきます。その意味で、割ばしの分別を始めたこと自体にも、 このリサイクル運動の意義はあるといえます。
さて、使用済みの割ばしをリサイクルする方法として、 ほかに割ばしを炭化して木炭として利用する、という活動があります。使用済みの割ばしでも木炭にすれば非衛生的ではなくなり、 脱臭など、普通に木炭として使用することができます。割ばしを炭にするときは、普通に炭を作る方法では燃え尽きてしまうため、 火力を微妙に調整する必要がありますが、技術的には現在でも十分可能です。
3 中国からの輸入体制を変える
割り箸の環境破壊を止めることと、 中国からの輸入を減らすこととの間には、直接の因果関係はありません。 しかし実際、割り箸の大部分が中国から輸入されるようになったことで、以前よりも大きな環境破壊が起こるようになっています。 このことを考えれば、中国からの輸入に何らかの規制をかけることによって、 割り箸の消費量を抑えたり、割り箸製造の際の環境負荷をより小さくすることも可能です。
緊急輸入制限
割り箸の輸入を制限するための最も直接的な手段として、緊急輸入制限(セーフガード)があります。緊急輸入制限とは輸入量が一定基準を超えた場合、 関税を引き上げて輸入の急増を防止する措置のことで、ガット・ウルグアイ・ラウンド農業合意において認められました。 緊急輸入制限は制度として認められているだけでなく、実際にも使われていて、1995年、1996年には日本でも 牛肉と豚肉に関して相次いでセーフガードが発動されました。割り箸に関しても、国内の業者は輸入削減のためのセーフガード発動をもとめる陳情を提出していますが、現在の国際社会では一般に貿易自由化の動きが強いこともあり、今までのところ発動されてはいません。それどころか、1999年1月1日には割り箸輸入の際の関税率が、 それまでの5.2%から現行の4.7%へと引き下げられました。ここから見て、今後も割り箸についてのセーフガードが 発動される見込みはほとんどないと考えられます。
伐採規制と植林義務化
割り箸が現在生んでいる環境負荷を減らすためには、 中国から輸入しないようにする、というのももちろん一つの方法で、そのために前項で説明したセーフガードなどの手段がありますが、後でも触れるように、こうした手段は中国の割り箸産業に壊滅的な打撃を与えかねないもので、環境保護のためとはいえ、あまり勧められるものではありません。
そこで、輸入を数量で制限するのではなく、 かわりに割り箸の生産の段階で、そもそも環境破壊的な割り箸を作れないような制度を中国に作れば、 それでも割り箸生産を環境負荷の小さいものにすることができます。
そのための方法として、まず考えられるのは中国政府が 環境破壊的な森林伐採に対する規制を強化する、ということです。つまり、生態系の保護や、 自然災害の防止のために必要な森林は、中国政府がはじめから伐採を禁止し、それにくわえて、そうでない森林でも、伐採した土地に植林し、再び森林を育成するための費用を、木材会社に法制によって強制的に負担させる、こういった制度を中国政府が作るということです。こうすれば、日本の消費者が今のまま安価な割り箸を求めていても、中国で今より環境負荷の小さい割ばしが生産されるようになるでしょう。
中国政府はすでに、 伐採した森林にはそのあと再び木を植えなければならない、と法律で定めています。 しかし実際にはこの法律は守られておらず、 多くの場合伐採した跡地は農地などに転用されています。そして、それに対して罰が加えられることはほとんどありませんでした。 しかし、昨年(1998年)、各地で森林伐採による大洪水がおこった後、中国では違法な森林伐採に対する規制が強化されたと伝えられています。
なお、中国での植林については、 日本の大手割り箸輸入メーカーや飲食店チェーンなど数社が、1998年度から共同で日中環境保全友好植林実践会という組織を作り、自主的に植林活動を始めています。将来の植林義務化に近づくという意味でこの運動は評価できますが、 しかしボランティアで実施している限りは、中国で持続可能な森林経営が成立することはないというのも事実です。 中国では環境法制は整っていますが、実際の取り締まりが大きく遅れています。 森林保護についても、今後中国政府が本腰を入れて規制を強化する必要があるでしょう。
認証制度と消費者意識
もちろん、割り箸の環境負荷は、こうした中国政府の動きだけでなく、日本の消費者の動きによっても小さくすることができます。
そうした方法の一つとして、認証ラベリングをおこなうというのがあります。ラベリングとは、「公的な機関が一定の基準を満たした商品に ラベルをつける権利を認定するもの」で、これまでの曖昧な「地球に優しい」製品をなくし、 消費者が本当に「地球に優しい」製品を選ぶ際の目安になるものとして、最近注目を集めています。
消費者がこのラベルを手がかりに、 持続可能な森林経営による木材を使った割り箸を選択的に使用するようになれば、 林業を営む側も売るためには持続可能な森林経営を迫られることになり、結局割り箸を含めて森林利用全体が、 持続可能なものに近づくことになります。
この方法の成否は、 適切に管理された森林からの木材を使用したい、 という消費者の要望の強さにかかっています。消費者の支持がなければはじめから 木材のラベリングは実現しないでしょうし、消費者がラベル付き商品を選好しなければ ラベルの意味は失われてしまいます。
中国での生産者への配慮
ここまで見てきたように、 中国での環境破壊的な割り箸生産を変えるには いくつもの方法があります。しかし、先ほども述べたように、 ここで注意しておかなければならないのは、これらはみな中国の製箸業界に強制的に打撃を加え、 それによって割り箸生産を変えようとする方法だということです。ここでは中国の意志は全く尊重されておらず、 また中国経済のことさえもほとんど配慮されていませんが、実際にはすでに中国では割り箸は一つの産業になっており、 いまさらやめるには大きな負担を強いることになります。だからといって現状のままで良いというわけではありませんが、 こうしたことも考慮に入れる必要があると思います。
4 伐採される木を減らす
さて、中国での割り箸生産の現状に問題があり、 それをこれまで見てきたような方法で変えるとして、その後にはどのような形で割り箸を生産すれば良いのでしょうか。 割ばしの使用量は一定だとして、それでも割ばしを作るのに切る森林の面積を減らせば、 割ばしが環境に与える影響を減らしたことになります。たとえば、木材の中の割ばしに最終的に使われる部分の割合、 すなわち歩留まりを増やせばそれだけ環境負荷は小さくなりますし、割ばしを作るのにこれまで捨てられていたような木材を使えば、 それで同じ量を作ったとしても環境負荷は小さくなります。
現在中国で生産されている割ばしは、 丸太を両脇から挟んで、それをぐるぐる回しながら一定の厚さに剥いていき1枚の板にして(大根のかつらむきと同じ)、 その後にその板を切って割ばしにしています。そのため、丸太の真ん中の部分は使用されずに捨てられています。 このようなことが起こるのは、中国では木材資源が安すぎるためです。これを、残りの部分も使うようにして歩留まりを上げれば、 その分だけ1本の木から取れる割ばしの量が増えることになります。しかし残念ながら、そういう試みは実現されていません。
一方、すでに実現されている試みとして、 割ばしを利用価値の低い木材からつくる、ということがあります。第3部で見たように、 割ばし製造の大部分が日本で行われていたころ、 割ばしは利用価値の低い低利用木材から作られていました。割り箸が環境破壊の原因として取り上げられるようになると、 そのころと同じように、再び日本で森林資源を有効に使った割ばしを作ろうと考える人が出てきます。 そのとき注目されたのが、森林を管理する上で必然的に出てくる間伐材でした。
現在、日本国内の森林のほとんど全ては人工林です。 木の生えていないところに一斉に植林して森林を造成する場合、はじめは日光を遮るものが何もないため、 日が当たりすぎて枯れてしまわないように、高い密度で苗を植えなくてはなりません。 しかし、やがて成長するにつれて、今度は木の密度が高くなりすぎ、森の中まで日光が届かなくなります。 このままでは日照不足で木は細く折れやすくなり、森の中は湿度が高いため植物も病気にかかりやすくなってしまいます。 そうならないように、今度は何本かに1本木を切り、森林の中の密度を適度に保たなければなりません。 この作業を間伐といいます(右図参照)。間伐は、植林してから成木として 伐採できるようになるまでに何度か行う必要があります。
現在、国内の多くの人工林が、間伐を必要とする年齢に達しています。 各地で間伐が進められていますが、作業には遅れが出ています。このように間伐が遅れているのは、 端的には林業労働者が不足しているためですが、その背景には間伐をしても利益が出ない、という日本の林業の現状があります。現在、間伐材の多くは、安価な外材との価格競争に勝てないため、 森の中に切ったまま捨てられています。この現状を改めるために、 大きさの小さい間伐材からでも大きな板を作れる合板技術の開発や、間伐材を使った家具や日用品の普及が進められています。
割ばしに間伐材を使うというのも、その一環です。 すでに大手のコンビニの中にも間伐材の割ばしを採用するところが出てきており、 今後も増えることが予想されています。
さて、ここではこのような間伐材割ばしの一つとして、樹恩ネットワークの試みを紹介します。樹恩ネットワークは、農村の過疎化の問題や、森林の問題、 地方文化の継承の問題に取り組むために、1998年に全国大学生協連の支援を受けて設立された団体です。 樹恩ネットワークはその活動の一環として間伐材割ばしを開発し、それを全国の大学生協の食堂に納入しています。 東京大学の食堂には導入されていませんが、現在、全国で1ヶ月に約30万膳が使用されています。 このような割ばしの間伐材化は、割ばしの利点を失わず、今の生活を変えないままに森林に与える影響を小さくすることができます。 間伐材の使用というのは実現の可能性も高く、割り箸問題の解決法として期待されています。 間伐材割り箸の最大の問題はそれにコストがかかる(ふつうの割り箸の2倍以上)ことです。 その点が解決されれば、一気に普及していくことでしょう。
間伐材と同じように、割ばしに使用される木材を 針葉樹から竹に変えることでも同様の効果を得ることができます。竹は普通の木と比べて成長が早く、 芽が出て1〜2年で伐採可能な状態になり、5年も経てば成木になります。また、竹は普通の木と比べて成長力が強く、 人が植林しなくても近くに竹の木があれば自然に再び生えてきます。このように成長力の強い竹ですが、現状ではまだその用途は限られています。竹を割ばしにするならば、わずか数年のサイクルで竹の生産・伐採・竹箸の製造を繰り返すことができます。 竹を割ばしにする上で最大の問題は、竹がかびやすいために防カビ剤を使用する場合が多いということです。 現在、すでに竹は中国から輸入される割ばしの20〜30%を占めると見られていますが、 このカビの問題がクリアされれば、 さらに竹箸の割合は増えるでしょう。
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