第1回講義内容

地球環境概論

 
東京大学大学院総合文化研究科 
国際社会専攻 
石 弘之
 

はじめに

・ブラウンイッシュー(Brown issue)とグリーンイッシュー(Green issue)
 
 環境運動は自分たちがより良い生活を営むための運動であるという観点から考えると、環境問題はブラウン(茶色問題)とグリーン(緑色問題)に分けることができます。そしてそれぞれに対応した運動の主義主張として、ブラウンイッシュとグリーンイッシュが挙げられます。
 「茶色問題」とは、まず先に環境汚染があるところから始まった環境問題です。茶色に汚れた水や空気を想像すると分かりやすいですね。この問題は高度成長期の日本については言うまでもないですが、現在深刻なのは途上国や旧東欧諸国です。これに対する反対運動や、改善を求める運動がブラウンイッシュです。
 「緑色問題」とは、自分たちの住んでいる空間をあまりにも、あるい急速に変えることの問題です。森林伐採、地球温暖化、オゾン層破壊といった人類の危機の想定、広い意味で人類の生存に関わる問題、あるいは生活の質を問うことの問題とも言えます。グリーンンイッシュの一例としては、エコロジー運動と総称される運動を挙げることが出来るでしょう。日本では長い間このグリーンンイッシュの意識があまり無かったのですが、近年になってようやく注目されはじめました。
 

Tイントロダクション 日本における環境問題の特徴


 今日皆さんに話したいのは、包括的に、今現在環境問題がどうなっているか、ということと、私自身のそれに対する認識です。
 次回からは、多士済々な大変おもしろいメンバーがそれぞれの専門分野について詳しい話をされていきます。例えば次回は元環境庁長官の岩垂寿喜男さんで、この人はもともと社会党左派の労働運動の幹部でした。昔だったらそういう経歴を持つ人が大臣になって環境問題を扱うということは、夢にも思わなかったことです。彼が環境庁長官になったということは、今日本が抱える環境問題やそれに対する運動を象徴しています。
 また樋口さんという人は日本を代表する鳥類学者で、ついこの間までは日本野鳥の会の研究員でした。民間の一グループの一研究員が東大にやって来て教授になって講義をするということも、今の日本の環境問題を象徴していますね。その他にも、加藤尚武先生は大変な論客で、かなり厳しい方だから、みなさんにも勉強してきてほしいのですが、この人はもともと哲学者でした。なぜ哲学者が今環境問題を語るのかということもおもしろいですね。
 今ここでこうしている私は、以前は新聞記者をやっておりまして、本学に来てから一年も経っていません。ですからまだ、ライフスタイル・考え方ともにジャーナリストの後遺症が残っており、この一年間はカルチャーショックの連続でした。
 

U地球環境問題概論


a乏しい知識による予測と判断を迫られる環境問題
 環境問題には特徴的な危うさがあります。それは「実際に何が起きているかが、はっきりとはわからない」ということです。
 例えば、地球が温暖化しているかどうかについては、実は議論が百出しています。オゾン層破壊についてはかなりはっきりしているますが、それでも、そのメカニズムや将来の予測、人類への影響など、全てがわかりきったわけではないのです。つまり科学的な知見が、環境の現象に対してあまりにも遅れを取っているのです。
 「人間を含めた自然」ということを考え始めたのもつい最近のことです。わずか30年前くらいまで、私たちは環境問題について考えることさえありませんでした。そして、その後様々な環境汚染が発生することによって「科学的」な研究が始まりました。しかし科学の世界においては、対象をなるべく単純化したほうが論文としてきれいな結果が出ます。
 このため、自然を研究する場に「人間」というファクターをはずしやすい、という傾向があったのです。生態学者さえ、なるべく人間の影響が無い「きれいな自然」を選んでその仕組みを研究したのです。
 実際、人間の活動が自然に加わると非常に複雑になります。人間は何をするかわからりません。木も切るし、川や海も汚すし、ゴミも捨てる。
 環境についての私たちの知識は現在でも非常に乏しい。これだけDNAや宇宙の構造がわかってきたのに、私たちが吐き出した炭素が大気中をどう循環し、どう溜っているのかさえわからないんです。呼吸したり発電をしたりすれば、二酸化炭素が出ることは確かですね。化石燃料の消費量からどのくらいの炭素が二酸化炭素に変わっているかも予測できる。しかし、毎年1ppmくらい増加している空気中のCO2の濃度から逆算された結果とはかなりずれていて、20億トンもの差がある。これは「ミッシングシンク」と言われています。それくらい人間の知識はあやふやなのにも関わらず、私たちには二酸化炭素が増加すれば地球が温暖化するという危機感があり、もしそのメカニズムが完全に証明されれば未来の世代にとって大問題となる。非常に乏しい知識で判断を迫られるというのが環境問題の非常に大きなネックなのです。
 
b私たちの現代社会
     〜20世紀初頭の未来予測は当たったか
 20世紀の始まりの年、明治34年(1901年)1月3日のある新聞(読売新聞の前身)に、「20世紀の予測」という記事があります。最初の前書きには
「20世紀とは人道時代である」
と書いてあります。確かに人権は20世紀を代表する社会主張です。またこの記事には「婦人の時代だ」と書いてあり、ジェンダーの問題が100年近くも前に言われていたことについて、私は新鮮なショックを受けました。
 『海底2万マイル』『80日間世界一周』などの作品を書いた19世紀末のSF作家、ジュール・ベルヌの未来予測で当たったものと外れたものを挙げてみましょう。
 
(当たったもの)
・2001年までに無線電話電信により世界各国と自由に通信
 現在では携帯電話で国際電話が出来ますね。
・1000km離れた距離の間で、総天然色にて分かる
 私たちは湾岸戦争をカラーテレビで見ました。
・70日間世界一周
 いまは3日もあればできます。
・写真電話
 テレビ電話がありますね。
・東京ー神戸間が鉄道で2時間
 3時間近くはかかるがほぼ実現しているといっていいでしょう。
・馬車は廃止されてオートモービルに変わる
・石油ストーブが電気ストーブに変わる
・アフリカの獅子、虎、ワニなどの野獣を大都会の博物館にて見ることが出来る
 動物園が実現しています。
(ただ当時の文脈では、「野獣がいなくなったら、けしからん」という意味ではなく、「野獣などは都会の博物館で見るだけでたくさんだ」という意味でした。)
 
(全く外れたもの)
・サハラ砂漠が沃野と化して、東半球の文明は急速に発展
 残念ながら、サハラ砂漠は拡大し、アフリカは衰退している地域があります。
・暴風雨制御
・人の身長は6尺(約1,8m)以上
 一応平均身長は、戦後20cm伸びてはいます。
 
 広い意味で、機械系については意外と予測が当たっていて、人間系については予測が外れていると言えるでしょう。
 
c人口の爆発
 私は2つの大きな爆発が、20世紀後半の世界を変えたと考えています。それは、人口の爆発と欲求の爆発です。
 人口について考えてみましょう。有史以前にせいぜい400万前後しかなかった世界人口は、18世紀の前半には10億人、今世紀の始め頃には20億人、1960年代には30億人、70年代には40億人、80年代には50億人、現在では58億人です。来世紀の始めには62億人くらいになると予想されています。
 これだけ人口が異常に爆発した時代は、それ以前の人類の歴史には全くなかった。平均体重が50kgもある人間以外の哺乳動物が全世界に広がった、ということも過去に例がありません。人口の爆発は46億年の地球の歴史において大異常事態なのです。
 人口が12億人ほどだった200年前に、マルサスは人口論を書きました。今マルサスが生きていたら気絶するでしょうね。わずか200年ほどで5倍近くの人口を抱えている。ますます人口圧力の問題は深刻になっています。
 人口は主に途上国で増えています。生まれてくる子供の97%は途上国で生まれています。その人口は1年間で9200万人増えていて、10年間で9億人から10億人増えている。隣国の中国は世界人口の2割、12億人もの人口を抱えている。わずか12年で、途上国の人口は中国の人口分増える。想像を絶した人口圧力です。
 1960年から70年にかけて、人口増加率は2%を超えた。これは34年間で倍増するということです。銀行の複利預金と同じ複利計算ですから、34年間預けたら預金が倍になると思ってください。それだけとてつもない人口の爆発が60年から70年にかけて起こったわけです。それ以後我々は反省して、人口増加「率」は減ってきました。
 ところが、人口そのものは80年代から増え始めたわけです。これは当然のことで、出生率というのは生まれたときのことだから、20年ほどしてからその子供が成長してまた子供を産むんですね。君らは「世界人口多いんだから子供産むのをやめなよ。」って言われても「いえ、一人か二人は産みます。」って言うでしょう。次の世代のお母さんがもういるということだから、世界人口は今後ともますます増え続けるだろうということになるわけです。
 人が一人増えると食肉に換算して最低でも年間200kg、日本人だと500kg、アメリカ人だと600kg必要です。人口と掛け合わせると大変な量の食料が必要になるかということもわかりますね。貧しい国は非常に人口が増え、富める国は徐々に人口が減り、ますます経済格差が広がっていくという循環です。
 
d破局の可能性
 私たちは今チームを作って、世界人口が80億人になったとき、つまり2020年に地球はもつだろうか、果たして我々はその人口を養いきれるだろうか、という大きな問題を研究しています。それはいみじくも君らが40代の働き盛りです。
 現在の人口は58億人ですね。君らが70年代になる2050年の半ばには、世界人口は間違いなく100億は超えるだろうと言われています。しかし、それ以前に大破局が来て、人類がたくさん死ぬとも言われています。
 例えば中世、14世紀のペストがそうですね。当時のヨーロッパの人口は三分の一になった。それによってヨーロッパは過密状態から開放されて、大自然破壊を免れました。しかし、そのときは新世界が発見されて、新世界に人口をふりこむことができたのです。ヨーロッパは不幸なことに、一回はペストによって、一回は新世界の発見によって、過剰な人口の増加をまぬかれることができたわけですね。現在に例えれば、エイズが中世のペストのように地球への人口の圧力を減らすのではないかと考えられもしたのですが、今ではどうやらさほど大きな影響はないだろうという説が有力です。しかしそうは言っても一部アフリカではエイズの問題は深刻ですね。ウガンダとか、タンザニアとか、ザイール、ザンビアといったところでは人口にかなり影響を及ぼし始めました。
 それでも全世界では何しろ年間9000万人増えるので、エイズで年間100万人人口が減っても、ほとんど影響がないことになります。だからペストの再来ではありえない、と考えられています。ですからこのままですと、世界人口は2020年代に80億人、2050年代に100億人くらいと予想されています。
 

V現代社会のおかれている位置 日本を中心に


a高齢化社会
 65歳以上の人口が全人口の14%を超えるとその社会は「高齢化した」と定義されます。フランスでは114年かかりましたが、日本はわずか25年でした。
 日本の出生率は昭和30年代の初めにはアフリカ並みでした。それからわずか10年間で先進国並みにまで来たのです。だから今になって日本は頭でっかちの高齢化社会にぶつかることになりました。
 加えて平均寿命がのびています。日本の女性は世界最長です。従ってみなさんは80年くらい生きることになります。みなさんの頃には86,7歳くらいまでのびるでしょう。男性は女性に比して世界的に4、5歳短い。生物学的にそうなっているんでしょう。
 しかしアフリカの国々では、だいたい男性の方が長命です。女性はすさまじい重労働を課せられます。子供を6人も7人も産んで、労働もほとんど女性がやります。男性はほとんど何もやらないんです。
 
b世界の最貧国だった日本
 今から40年ほど前の日本は、今のアフリカ並みの最貧国でした。我々は40年前には、世界中から様々な衣食の援助を受けていました。ですから私がまだ10代くらいの子供の頃は、今はアフリカを援助している「ケア・インターナショナル」といった団体や、それこそアメリカ人のむこうを回って、アメリカ人から食べ物をもらってきたわけです。それで40年経ってみたら、世界最富裕国です。その最富裕国がかつて世界から受けたような恩恵を世界に与えているかと、けしてそうではありません。「CARE」というのは今でも世界最大の援助団体の一つですが、この間日本でも「CAREJapan」というのができました。私は子ども心に、「CARE」と書かれた段ボール箱に援助物資がたくさん入っているのを憶えているわけですが。日本で出来たのに日本で援助がほとんど集まりません。日本はこういう国です。わずかな間に世界の最貧国から最富裕国にまでのし上がったということが、日本の最大の矛盾の一つです。環境資源問題についてもそうです。
 
c欲求の爆発
 もう一つの爆発である欲求の爆発。これは人口問題よりも難しい話です。歴史上、私たちが生きる20世紀のような時代は、もちろんありません。今世紀の百年間で、世界の人口が4倍にふくらむ間に、世界の経済は20数倍になりました。私たちはバブルの世紀に生きているわけです。さてバブルをバブルたらしめた理由は何か。
 みなさんだって豊かに育っていますね。我々載はは「ご飯は残しちゃいけません。全部食べなさい。」って言われたのに、今は「そんなに食べたら太るからいい加減にしときなさい」って言われたりしませんか?。
 
 みなさんはこれだけ豊かになった理由は何だと思いますか?。
(フロア)「生活を良くしようとする意欲でしょうか。」
 そうか。人間の向上心ね。うーんなるほど。じゃあ昔の人は向上心が無かったのかな。
(フロア)「向上心と技術と科学があいまって、それがうまく行った。」
 なるほど。人口問題も、裏返せば科学の進歩によって乳児死亡率が下がったことが大きいんですね。明治時代だって新生児5,6人の内だいたい育つのは半分くらいでした。アフリカもそうだったわけですが、今は乳児死亡率が減ってきましたから、新生児はだいたい生き残る。それは各家庭においては大変いいことです。しかし、医学にしても、可能な限り最上の医療を受けることで、全体的に見れば人口爆発につながることになります。
 科学技術は個々に対しては大変な恩恵をもたらしたけれども、全体に対しては良かったのか。つまり単に一方的な恩恵ではなくて、科学技術自身に内在するような歯止めはなかったのか。例えば人間は原子力を開放しました。これは20世紀最大の発明の一つです。単なる物理理論だったものが膨大なエネルギーを生み出すことができるようになりました。
 しかし一方で、原子爆弾という、人類がはじめて自分たちの手で皆殺しにできる道具をつくったのです。今核軍縮によってだいぶ減ってきましたけれども、それでも世界中を何度も滅ぼすだけの核兵器がこの世界上にあります。これは20世紀の最大の問題の一つで、いろんな意味で20世紀の人々の主張に大変な影響を与えてきました。
 
d欲求の歯止め
 いかなる社会においても欲求の歯止めがあります。アマゾンのインディオは、自分たちの生活をサステイナブル(持続可能)にするために、例えば5つの木の実のうち2つしか採ってはいけないといった掟を持っています。日本社会でもそういうことはありました。日本の森林は大変守られています。これだけ森林が守られたというのは世界でも大変珍しいくらいです。例えば江戸時代の農民には山に入るときの掟がありました。
・馬や牛といった家畜類を連れて入ってはいけない。
・持って入っていいものは、縄が一本、手斧が一本のみ。 のこぎりは禁止。
その結果どういうことになるかというと、人間が薪を取りに山に入ったときに、馬を持って入れば大量に山から運び出すことが出来ますが、人間が肩で担いでくる量なんてたかが知れていますね。それに縄一本で縛れる量も限られています。のこぎりでなくて、斧なら切り出せる量も限られてくる。というように、生産手段の規制によって日本は山を守ってきました。それは法律でも何でもなくて、タブー、不文律的なものによってであったのです。ところがその後私たちは、社会を支配していた様々なものを「因習」として切り捨ててきました。
 
e授業中の野球帽と援助交際
 本校に来て最大のショックの一つは、一年生の最初の「基礎演習」の講義中に、野球帽をかぶっている生徒がいたことです。僕は彼に「おかしいじゃないか、何故帽子をかぶっているんだ。」と言って、僕も短気だからいきなり怒鳴りかかったのです。しかし私も一旦は本校に来てから人間が出来てきたものですから、ここでぐっと思いとどまりました。
 夏目漱石の故事を聞いたことがありますか。かつて夏目漱石は旧制一高の教授でした。当時はみんな、学生も先生も和服でした。そのうち一人の学生が腕をふところに入れていたのです。そしたら夏目漱石は、カーッと頭に来て、
「懐手をして聴講するとは何事だ。」
と怒鳴りつけたのです。ところが実はその学生は片腕がなかったのでした。夏目漱石はびっくりして、慌てて「君、僕だって無い知恵を出してるんだから、君だって無い腕を出してくれたまえ。」というユーモアで切り返した、という故事があります。私もそれを思いだし、この生徒もガンか何かで、例えば副作用とかで頭の毛が全くなかったりしたら、これはいけないと思って、「君は何故帽子をかぶっているのかね」と優しくきいてみました。すると何も答えないのです。だんだん腹が立ってきまして、結局最後は怒鳴ったんですが、彼は「今朝起きたら、寝ぐせで頭が爆発状態だったんですよ。」と言うのです。「君はたかが寝ぐせくらいで授業中に帽子をかぶっていてもいいのか。」と言うと、「いいと思います。」と言うのです。
 考えてみると、授業中に帽子をかぶっちゃいけないっていうのは、我々の世代の価値観であって、ある意味では因習かもしれなのです。確かに帽子をかぶっていることによって他人に迷惑はかからないですよね。僕なんかにとっては目障りで仕方がないから、非常に迷惑ですが。 それでわかったのは「授業中に帽子をかぶってはいけないということを、論理的に証明することはできない」ということです。
 ついこの間から、女の子たちの援助交際と称する売春が物議を醸しています。我々にとっては単なる売春なんですね。売る方も買う方もおかしいじゃないかと。しかもそんな十代のローティーンの売春なんてけしからんと、僕らの価値観では思う。ところが彼女たちの反論がのっている雑誌とかを読んでいると、例えば
「コンビニでレジのアルバイトなんてやっちゃいけないと言わないけど、それと私たちが体を売っていることとどう違うんですか」
と書いてありました。突き詰めていくと、援助交際という売春行為をやってはならないということを、論理的に証明することは非常に難しいということがわかってきたのです。最後は「いけないもんはいけない」といって叱りつけるほかに対処できないのです。
 
fタブーの開放
 以上は非常に卑近な例ですが、このように、私たちの世代は多くのタブーから開放された。タブーっていうのは生活上厄介なものですね。禁止事項を、村の掟で決めて、破れば村八分になるわけです。村には十の掟があって、八分っていうのは冠婚と葬祭を除く掟です。冠婚葬祭だけは手伝ってもらえるけど、それ以外は一切仲間から放り出すということです。
 私たちはタブーっていうのは無ければ無いでいいと思いました。今はお金があったら何でもできます。人に迷惑さえかけなければ何やってもいいんじゃない?。
 何を食おうと、どんなゴミをどう捨てようと、エアコンをガンガン使おうと、どんな自動車を買おうと、「いいじゃないか、何故悪いんだ」と言うでしょう?。例えば「学生の分際で車を乗り回すとは何事だ」なんて言ったって、「自分で稼いだ金を使って何が悪いんですか。分際とは何ですか。私だって車の免許をもらえるだけの年齢には達しているんです」
 帽子と同じで反論できないのです。
 社会は個々の自由度を一つ一つ制御することによって、全体の幸せをある意味では調和してきたわけです。しかしこの世代によって全ての欲求が開放されて、例えば僕がニューヨークにいたときに、1980年のアメリカ最高裁判決で、ポルノを解禁していいかどうかという裁判が最高裁まで行きました。多数決で判決が出るんですが、僅差でポルノの解禁を認めたわけです。それから一気にアメリカはポルノ化するわけですね。そのときの議論は、「何故裸を見せちゃいけないんですか。裁判長、あなたは裸になったら猥褻物を持っているでしょう。」と言ったときに、裁判長も「ないというわけではない」んですねえ。男性か女性だったら、裸で歩いていたら猥褻物陳列罪で捕まるものをみんな持っているわけです。(持ってなかったら別の問題ですが)。そして「みんな持っている物を見せて何故悪いんですか。」と言ったときに、さっきの帽子と同じで論理的に説明出来ないのです。「それは欲情を催させる」と日本の法律に書いてあるけれども、それは催す方が悪いのですし、皆さんおふろに入って自分の裸を見て欲情しないですね。でもそういう論理になってしまう。
 我々人類は、何千年のうちに、不合理かもしれないけど全体の福祉としての様々な規制、もっと重々しいところでは一つの不文律を作って、いくつかのレベルをもって続けてきた。それを、20世紀に全部とっぱらっちゃった。ですからそこで、欲求の爆発がおきたんですね。それまでは「分」があった。学生は学生らしく、社会人は社会人らしく、教授は教授らしく、もっと上品な冗談を言えといった、そういう「分」があった。そういう「分」がなくなったわけですね。
 

W欲求爆発の世界化


a 欲求の世界的具現化
 いろいろな国連統計によると例えば1950年から94年の間に人口は2倍増えたわけです。ところが世界の総輸出額、天然ガスとか紙といった消費は、人口をはるかに上回るペースで増加しました。これらは全て、私たちの欲求の開放でした。
 いかに我々の世代が、倫理観を失ったかということではないでしょうか。倫理の正体っていうのは時代によって変わるわけですから非常に難しい。次の世代は全員が野球帽かぶって教室に入てくるかもしれない。それはまあ難しいところですね。人口の爆発と、物質の消費の爆発がぶつかれば、すざまじい勢いで経済がふくらむわけです。私たちはこれは当然いいことだと思っていた。冬は暖かく、夏は涼しく、夜は明るく、ね。食いたいものを食って、見たいものを見て、遊びたいように遊ぶ。いいじゃないか。しかしその中で一つだけ忘れていたのは、内部的な経済が持つかどうか、ということですね。車持ったらいいじゃないか、と。
 しかし石油はいつまであるんですか。あなたの車から出た排気ガスによってどれだけ空気が汚されていくのか。あるいはその中の二酸化炭素によってどれだけ地球温暖化が進んでいくのか。ということはほとんどみんなが考えないままに欲求を爆発させたわけですね。一度留め金が外れると、もう元には戻りません。帽子をかぶってくる子を一人認めれば、それからは私が帽子を阻止できなくなるようなものです。
 
b鉱物資源の枯渇 
 今度は鉱石量全体を占める採掘量の割合について考えてみましょう。簡単に言うと、地球上にどれだけ金属があるかの推定値と、我々はどれだけ使ったのかということです。例えば水銀は、地球上にある利用可能な資源の8割を使きりました。水銀を使い始めたのは、日本では古墳時代からです。水銀は防腐効果が強いですから、棺桶にじかに塗るとかあ、るいは社の鳥居の赤い色は水銀で塗ったものです。ですから、水銀に至っては8割、金もだいたい8割近いですね。
 ところが今まで使った金を全部集めても、50メートルプールの半分くらいしかありません。だから値段が高いわけですが、その金を8割近く使いました。他の数字では、銅が半分です。我々がこんな大量消費を始めてわずか4,50年のことです。産業革命からとしても200年でしょう。
 理論的にはあと40億年の間、この地球上に人間が生きることになっています。つまり40億年後に地球が太陽に飲み込まれて、カラカラに乾くまで生きると言われています。例えば40億年後に生きる人間はどうするのか。わずか200年で私たちはこれだけの金属を使ったわけです。「地球が小さくなった、狭くなった」と言いますけれど、物質的にはこれだけ使ったということを皆さん肝に銘じていただきたいですね。
 石油これもしょっちゅういろいろと話題になります。「確認埋蔵量」(2)と「推定埋蔵量」(3)とを比較してみましょう。それにもう一つ、私たちの需要の伸びを考えてみましょう。すると確認埋蔵量と需要は2020年代でクロスしますので、今持っている確かな石油埋蔵量は、2020年代に食い尽くします。また、指定埋蔵量というこれだけあってもおかしくないという、めいいっぱい引き伸ばした数字も、2040年ごろにはクロスします。もちろん新たな油田が発掘されますから、単純に全ての石油が無くなるということはないでしょうけれども、いずれにしても有限だということです。石油は生まれているかもしれないけど、使用できるまでには何億年もかかるわけですから、今石油が生まれても今使えません。
 石油というのは現代の文明を支える、最大の欠くべからざるファクターの一つです。それが残りわずか40年足らずです。非常に危なっかしげに私たちの文明は成り立っているわけです。石油をこれだけ使い始めたのは1960年代からです。わずか3,40年の間に、人間はこれだけ熱量が高くて運搬が楽で、毒性も無い資源を、人間はもう枯渇させようとしているわけです。
 
c Renewable な資源、Unrenewable な資源
 以上に述べたようなものは始めから Unrenewable な資源ですね。つまり一度使ってしまえばもう戻ってきません。これに対して Renewable な資源、再利用可能な
資源がありますね。Renewable な資源の代表的なものは何ですか。何を最初に思いつきますか?。
(フロア)「アルミですか。」
 アルミは掘っちゃったらなくなります。こういったものとして一番代表的なものは木材です。木材というのは
ちゃんと育てれば回復しますから。私たちの御先祖はちゃんと木を植えて、育ててきました。
 ところが現実にはどうか。東南アジアでは、タイの国土面積の65%が森林でしたが(1960)、今は16%だけです。わずかにちょっと天然が残っていますけど、これは国立公園です。インドネシアの森林は、日本が全部使ってしまいました。フィリピンは完全に日本が丸ごととっってしまいました。戦争直後に日本の大都市は焼け野原でした。焼け野原から奇跡の復興を遂げるには当然様々な物資が必要となります。中でも木が必要です。その木を、ほとんどフィリピンから持ってきたのです。ラワン材をごぞんじですか。輸入材の代表です。ラワンの意味はフィリピンのタガル語で「大きな木」という意味です。日本はラワンというタガル語が無意味になるくらい、森林の木を片っ端から日本に運びこんだのです。その結果、今現在はほとんど木がありません。丸坊主です。
 1960年以前、フィリピンにはほとんど自然災害がありませんでした。今は世界で3番目の自然災害の被災国です。台風が近くを通ればたちまち大洪水、台風が通らなければ今度は水不足、至るところでがけ崩れ、とひどい状態です。これは丸坊主にしたせいです。
 それからかつて日本が関東大震災の時に、東京横浜を復興するために、軍隊を動員して、朝鮮半島の木を片っ端から切りました。朝鮮半島の森林は日本の関東大震災の際、枯渇的に使用されました。次は第二次世界大戦、その次は朝鮮戦争。その結果、韓国はものすごく自然災害の多かったのです。今はだいぶ木を植えたからかなり良くなってきましたけれど。
 以上のように、私たちは日本は奇跡の復興を遂げたと言っていますけれど、この間に誰を泣かしたかということは、今度の従軍慰安婦にしてもそうですが誰も考えないのです。これは日本人の大きな過失だと思います。
 森林というのは、うまく使えば永久的に回るのに、例えば熱帯林はあと150年分しか無いのですね。それから私たちが非常によく使う温帯性の広葉樹林はざっと60年分くらいしかない。半永久的に使えるものを、私たちは切ったまま植えないので、当然のことながら木は無くなっていく。このように、Renewableな資源でさえ私たちは、ひどい目に合わせています。馬鹿なことをしているわけです。
 私はアフリカの国連機関で、砂漠化防止のために働いたことがありますが、世界の砂漠化にしても同じです。土とは単なる土ではなくて、生き物の固まりです。よく言われるように、ティースプーン一杯の理想的な土には一億以上の生き物がいます。それはカビであったり、小さな小さな昆虫であったり、地面の中はそれこそ生き物に満ち満ちているわけです。だから、「土壌」なんです。土ってのは単なる鉱物ではない。単なる火山が爆発した鉱物質が粉になって、その中に無数の生物が住み込んで、地面の中に生態系を作ってはじめて「土」となるわけですね。そこで人間の食物を生産し、森林を生産するわけです。それだけの生命の固まりをもとの鉱物質に戻してしまう過程が砂漠化なんです。
 砂漠は世界で毎年600万ha広がっています。ちなみに日本の農地面積は600万ha位ですが、今どんどん減っています。これは減反のためです。つまり、ほぼ日本の農地面積を上回る面積が、毎年砂漠化して不毛になっているわけです。
 もう一つだけ挙げると、もう一つの Renewable な資源の代表は漁業資源です。魚も卵を産んで、また大きくなるわけだから永久的に回っているわけです。これは世界の海洋生産、漁獲量の伸びを見てみましょう。1950年のときは2000万トンだったのが、今は1億トン近くです。 ここまで獲ってしまうと理論的に Renewable でなくなるという線を引いてみます。これは銀行に例えると、元金に手をつける、食いつぶすということです。だからこの線を超えたら、ほんとは漁獲量を少なくしないと魚がいなくなってしまうのですが、1980年代末に入るとこの線を超えています。つまり私たちは、海の魚を枯渇させようとしているわけです。現実に、東南アジアや日本近海では、魚が少なくなって来ています。うまく獲って、資源管理をして、利子を使う分には良かったのに、私たちはついに元金まで食いつぶしはじめたのです。ですからこれも Renewable ではなくなってしまっている。馬鹿な話です。森林にしても、土壌にしても、漁業資源にしても、うまく管理すれば子々孫々うまく使えるはずなのに、今はそうではなくしてしまいました。
  Unrenewable な資源、鉱物資源やエネルギー資源は、人間がどんどん掘り尽くしたので、底が見えてきた。同時にもっとうまく使えば半永久的に使える、Renewable (再生可能な)資源も、人間はだめにしたのです。
 

X共時的不平等の拡大


a南北問題のワイングラフ
 このような2つの爆発の結果どうなったか。「南北問題のワイングラフ」という図をご存じですか。何を意味するかというと、縦軸は5等分した世界人口、横軸はGNPです。いま58億人ですけど60億人とみなします。この一つのブロックが12億人。これ(一番上)が世界で最も豊かな国々の12億人ですね。この中にはもちろん、アメリカ、ヨーロッパ、日本があります。それからだんだん貧しくなってゆくと、一番下には世界で最も貧しい12億人がいるわけですね。どこでしょうか、この国々は。
(フロア)「メキシコ?」
 メキシコはもう少し上ですね。
(フロア)「えー、ソマリア?」
 苦しそうですね。あまりいい例ではないです。
(フロア)「インド?」
インドは最近すごく高度経済成長しているからもう少し上ですね。
(フロア)「ネパール?」
そうですね。あとはバングラディシュなどです。
 以上のように、世界で金持ちの2割の国々が世界のGNPの84%を占めています。一方で、一番貧しい2割の人々、ネパール、ソマリア、バングラディシュといった国々では、人の数は同じなのに、経済を1%しか持っていないのです。これは極端な南北問題です。このグラフは、だから、この形からワイングラフと呼ばれるわけです。私たちは経済を爆発させた、そして彼らは人口を爆発させたということです。
 
b国内における経済格差 
 今度は国内における経済格差を考えてみましょう。1994年には、国内の最も富裕な20%と、最も貧しい20%の所得格差を見てみると、アメリカは9倍くらいです。ところが日本はわずか5倍。ポーランド、ハンガリーがこのあとに続きます。日本は旧社会主義圏並みに所得格差が低いということです。一つの会社の中では、日本だと例えばトヨタに入って、トヨタの中で一番月給が安い人間、これはおそらく年収にして200数十万円でしう。それから社長、おそらく2,3千万円くらいでしょう。社長という一番の高給取りと一番の下っ端との間で、せいぜい数十倍しか差がありません。ところがアメリカのGMだと、あそこの会長は年間に100億くらい取りますから、千倍位の差があります。一企業をとってみても日本は非常に所得格差が少ない。
 一方でアフリカの途上国などでは30倍40倍のすざまじい差があるわけです。ですから途上国における、国際的なアンバランスに対して、国内のアンバランスというのがあります。これは非常に大きな問題です。アメリカはレーガン政権以降、非常に国内の差が広がっています。
これも一つの大きな不安定要因です。逆に見れば、ほんとにお金持ちの2割が全資源の8割を握っていて、残る8割の人は、全部まとめてもわずかのものしか入ってこない。資源にしても、食料にしても、エネルギーにしても、みんなそうです。このようなアンバランスが、非常に大きな意味で環境に対してインパクトを与えています。
 
c人工衛星から見た地球の夜
         〜増え続ける二酸化炭素の排出
 この図は何でしょうか。
(フロア)「.........?」
 これは人工衛星から撮った、地球の夜の部分だけを撮って合成した写真です。黄色いのが光です。アメリカの東海岸、ニューヨークから、ワシントンを通って、このあたりは五大湖の工業地帯、シカゴあたりが明るいです。それからサンフランシスコからロスアンゼルスにかけてです。ヨーロッパも日本もすごい。全日本列島は電気の渦ですね。日本海が明るいけどこれは?
(フロア)「船の漁火」
 そうそう、何の漁火ですか。
(フロア)「いか」
そうそう。これはいか漁の集魚灯です。これだけすごいんです。いまイカを獲るときには後楽園のドームくらいになる光をつけてイカを集めますから、これもだんだん大型化しているわけですね。ですからイカの資源が枯渇しているわけです。
 さて何故このアフリカのサハラ砂漠にこんな赤い点があるのかな。とても町があるとは思えませんね。
(フロア)「焼き畑」
そのとおり。焼き畑の光、つまり森林を焼いている光です。アマゾン、アフリカ、東南アジアもずいぶんありますね。じゃあこの湾岸地域が明るいのは何故でしょう。
(フロア)「油田」
そうそう。油田の何。
(フロア)「油田の火が」
もうちょっと!油田の火が?。
(フロア)「油田が壊れたりしている。湾岸戦争とか。」
 油田が火事になっている?。湾岸戦争のときは火事になったかもしれないけど、あれはみんな止まりましたね。油田までは合ってます。油田の排ガスを燃やしている火です。油田では、ガスは燃やします。それからは天然ガスが取れるのに全部燃やしているのです。
 だからこの明かりの原因は3つあります。電気の火と、森林を焼いている火と、石油を焼いている火です。これはある意味では人間の文明ですね。文明とは、ある意味「明るいこと」です。アフリカとか、アマゾンとかに住んでみますと本当に実感しますが、明るいことが文明です。夜中、アフリカでもアマゾンでもだいたい熱帯では6時に日が暮れますから、朝 6時に日が上がって6時に日が暮れます。町に出てくると、日本から比べたら暗い町でも文明だと思います。我々の文明は明るかったのです。
 ところが、その文明がとんでもないのです。今の光が全部CO2になりますから、結局大気中のCO2が増えているわけですね。1958年にハワイのマウナロアという山頂で、24時間の大気中のCO2濃度の測定が始まります。これ以前にも測定結果のグラフがありまして、これはだいたい産業革命以来の測定値です。日本では1988年に岩手県で、24時間測定が始まります。いずれにしても大気中のCO2が増えているのが明らかです。
1年の間にも山と谷があります。山はだいたい1,2月で、植物が活動しないため、大気中に炭酸ガスがたまるからです。谷は6,7月です。植物が一斉にCO2を取り込んで炭酸同化作用をはじめ、消費するわけです。ちなみに南極での観測結果では、植物がないので山の勾配が緩やかです。
 世界中のどの大気を採っても、刻々と炭酸ガスが増えています。ですからみなさんが今一生懸命吸っている空気、この空気も本来の「清浄な」空気から比べれば20%以上炭酸ガスが多いわけです。ですから、おいしいでしょう?ビールってのは炭酸ガスの固まりなんだから。
 
cエネルギー消費量の増大
 二酸化炭素排出量の増加。その背後にはどうやらさっきも言った人間の欲求の爆発があるようです。それは一番端的にはエネルギー消費量の増大です。贅沢とは、いかにたくさんのエネルギーを使うかということでしょう。自動車に乗るのも、コンピュータゲームもエネルギーでしょう。
 これは人間が使ったエネルギー量を見て行くと1950年ごろから増えています。50年前より以前というと、人類の歴史は500万年近くまで遡っていますから、500万年ですね。人類が1950年までに使った全エネルギー、これはたぶんほとんどが薪炭とか泥炭などでしょう。それから人間が、1950年以降過去50年間に使ったエネルギーというと、石油を筆頭に石油石炭が多いですね。60年以来のエネルギー革命後は石油が中心になってきます。
 さて、1950年を境にしてどちらの総量が大きいのでしょうか。答は、過去50年に使ったエネルギーが、それ以前の500万年に使ったエネルギーよりも多いんです。ということは過去50年間にいかに私たちがばかばかしいほどのエネルギーを使ってきたか、ということです。
 ですからみなさんは人類史上、かつての王侯貴族も及ばなかったような贅沢なエネルギーの使い方をしているわけです。その結果みんなの家の身の回りにはいくつくらいの電気製品がありますか。君は下宿ですか?
(フロア)「はい」
 君の下宿の中にいくつくらい電気製品がありますか。
一つ一つが電気を食わせないと動かないわけですね。10じゃきかないか。
(フロア)「きかないですねえ。15,6」
 そんなにありますか。とにかく電力消費は炭酸ガス排出に変わるわけです。
 

Y地球温暖化


a気候変動と二酸化炭素排出の増加
 日本を例にとりますと、炭酸ガスの年間総排出量は知世界で4番目くらいです。1番がアメリカで2番が旧ソ連、3番目が中国、で日本が4番目です。世界第4番目、これだけの工業国にしてはまあまあですね。一人あたりの消費エネルギーからすると、日本は世界の20番目以下です。日本の上位には北朝鮮、カザフスタン、トルメキスタン、ポーランドやハンガリーが入っています。それは日本が省エネルギーに大変成功した国だからです。日本は輸出国家だから石油を買ってきて付加価値の高いものに変えて国外に売らないといけません。2回の石油ショックで、日本は競争するために大変エネルギーの使い方を工夫したのです。これは結果的には大変いいことで、日本は省エネルギーが大変進みましたから、1993年くらいまでは実は消費エネルギーが減っているんです。
 ところが94年からはぽーんと増えてきた。一番大きなものは民生部門です。なぜか。みんながでかいRVに乗ったり、カラーテレビをでかいブラウン管にしたり、でかい冷蔵庫に買い替えていったことです。でかいことはいいことだ、みんな広告に乗っかって、そういうような一人一人の生活が向上していったのです。
 産業部門はあまり大きな変化はないです。産業部門はエネルギーを買って競争しています。エネルギーを使い過ぎたら負けますから、そのようなインセンティブが働いたわけです。心配なのは、去年あたりからまた石油代が安くなったことです。私は石油の値段をどんどん上げるべきだと主張しているんですが、また下がってきたために、石油の使い方がどんどん消費的になってきたのです。
 さて世界的に気温の上昇が始まるのは1960年くらいです。このあたりからあちこちで気温の測定が始まります。もちろん断片的には15,6世紀くらいから気温の測定はありますが、信頼すべきデータは大体過去130年くらいです。世界の共通点を見ますと、大体今世紀の前半は冷たく、そのあとどんどん上がって、80年代以降は特にすさまじい勢いで上がっています。これが今世界で騒がれている地球温暖化という言葉ですね。
 今年は日本で大変大きな会議があります。正確にはですね、1992年の地球サミットで出来た「気候変動枠組み条約」の第3回締約国会議ですね。将来の二酸化炭素の排出削減計画を決めようという条約加盟国の会議です。それを京都で12月1日から10日まで開くわけです。
 
b地球温暖化の科学的根拠〜不確実な見通し
 ただし、温暖化の因果関係の詳細はよくわからないのです。だいたい気象予報で明日の雨が降るかどうかもよくわからない人間が、あと100年後のことを分かるものか、と私も実は陰ながら思っていまして、そのことをあ言いましたら、香港の気象学の先生にえらく怒られた経験があります。
 最初に言ったように、私たちの環境に対する科学的知見はまだまだ貧しいのです。ですから比喩で言えば、今後地球が暖まるかどうかということに対して10だけ科学的な知識が必要だと仮定すれば、私たちはせいぜい2か3しか当たっていません。それで議論しなきゃいけない。人間の苦しさですね。ですから私たちの先輩はさぼったのです。一所懸命原子爆弾を作る技術は開発しても、地球の環境はどうなっているかという科学的研究をしなかったんですね。
 それで例えば、宮沢賢治に地球温暖化をモチーフにした小説があるのを知っていますか。その中には地球温暖化の話が出てくるのです。宮沢賢治はそのとき既に二酸化炭素が地球を暖める理論を知っていました。彼は東北の冷害で大変悩んだ人ですから、火山に穴掘って爆破させて、炭酸ガスを増やして、それで地球を暖めるということを小説の中で使っているのです。ですから地球温暖化理論というのは1890年代にもう確立されているんですね。これは周期律表を作った人でもあるアレニウスというスウェーデンの科学者が考えました。
 そのとき彼が既に心配しているわけですけれど、このあたり(1960年代)で地球は冷えかけているわけです。実はこのあたりから私は新聞社で働いておりまして、「当時は実際地球が冷えてきた、このまま地球は氷河期に突入するんじゃないか」という記事を実は書いていたんです。今でもちょっと恥ずかしいんですが。
 だけどもね、今は地球温暖化の権威とされている大気象学者たちが、当時は「冷える地球」とか「凍りつく地球」だとか本を平気で書いていたのです。彼らは手のひらを返したように「灼熱の地球」なんて本を書いています。つまり気象は見通しにくいのです。ですから気温が下がって3,4年冷たい年が続けば、みんなあっけらかんと忘れるでしょう。
 新聞の切り抜きを検索してみますと、その年の気温が上がると二酸化炭素の記事が増えるんです。寒いとそうはならないです。93年の冷害の時にはほとんど二酸化炭素の記事は載らなかったです。というわけで、人間というのは現状重視で、現状が将来を決するのです。現状が暗いと将来も暗いのです。今みたいに何となく経済がうまくいかなくて暗いと将来暗いのですね。また経済成長が戻ってきて「バブルだっ!」て浮かれ出すと、たちまち将来明るくなるのです。だから人間の将来予測なんてのはそういう性質がずいぶんあるんだということです。
 
c地球温暖化と酸性雨の相関
 これは少しショッキングなことです。IPCC(1)がtつくった地球温暖化の今後に関する調査(4)に従うと以下の結果を得ます。
 成層圏まで上がった酸性雨の粉塵というのは、地球を冷やす効果があるんです。だから酸性雨がひどくなればなるほど、地球を冷やす効果があります。おもしろいですね。この予測は酸性雨の効果を入れた結果です。酸性雨の効果を入れると冷えてきて、実は実測値とよく合うわけですね。だからそれだけ酸性雨がひどかったんですね。日本は過去20年間で酸性雨対策、SOx対策が進んで亜硫酸ガスの排出量を過去20年間で6分の1まで下げました。世界の奇跡中の奇跡です。どこの国も亜硫酸ガス排出量を少し下げるので精一杯なのに、6分の1まで下げました。ところがこの日本でさっぱり酸性雨の被害が減りません。アメリカでもスウェーデンでも、ずいぶん酸性雨の原因物質は減ったのに、被害は減らないのです。 これにはもう一つほこりという要因のためです。例えば自動車が走ればほこりがたちます。工場が稼働すればほこりが出てきます。そのほこりというのはかなりの部分が非常に強いアルカリ性なんです。道路から巻き上がる土ぼこりもアルカリなんですね。アルカリ性ですから当然酸性を中和してくれますから、土ぼこりがあれば酸性雨の被害が少なくなる。しかし世界的に大気汚染対策が進んでいるため、浮遊粉塵としてほこりを徹底的に取り締まったんですね。そのため、酸性雨の中和物質が無くなって酸性雨の被害がひどくなるのです。
 一番典型的な例は、中国からかなりの酸性雨が来ていることです。日本全国に降る亜硫酸ガスの6割は実は中国から飛んでくるんですね。日本海側、新潟、富山、石川、京都といったところでは、12月から2月まではかなり強い酸性雨が降るんです。特に能登半島、能登の出身いるか?。能登半島はずいぶん木が枯れています。あれは中国からの越境酸性雨だといわれています。ところが、3月の初め、2月の末くらいからばたっと酸性雨が来なくなるんです。何故でしょう?
(フロア)「黄河から黄色い土が。黄土?」
黄砂のこと?
(フロア)「黄砂。はい。」
黄土高原から降ってくる黄砂、そうですね。西日本の出身ですか?
(フロア)「いや、ちがいます。」
 そうか。東京だと黄砂はありませんね。中国から3月は季節風に乗って、黄色い砂みたいなもの、黄砂が大量に飛んできます。黄砂はきわめて強いアルカリ性なので日本海の酸性雨を全部中和してしまいます。というわけで、土ぼこりと、酸性雨と、地球温暖化という、3つが不思議なトレードオフの関係になっています。環境問題がいかに難しいかということの一つの例ですね。
 
 お話したように今環境問題と言われてもあまりにも科学的知見が少ない。今度は君らの責任でやらなくちゃいけないわけです。やっと東京大学に環境学科ができましたからそれは皆さんに大いに期待します。それが第一です。第二はです、私たちの二つの爆発をどういうふうにこれから制御するのかということです。それは、援助交際はいけない、ということと同じ論理なんです。下品だから、授業中に帽子はいけないということでもいいです。授業中に何故帽子はいけないかということ、これは同じ原理なわけですね。この20世紀から21世紀にますます私たちの欲求がますますていきます。ますます地球は私たちからご迷惑を受けるわけですね。そんなことをやってれば、遠からず破綻がくる。20世紀の後半に生まれた君たちは、これから21世紀にかけて、これまで過去40年、50年の人類のつけを一身に負うわけです。そこで大事なことは君らがどんちゃん騒ぎを続けて、君らの子供にさらにひどい地球を受け渡すのではなく、君らの世代で少しはましにして、君らの子どもや孫に引き継ぐという世代間の公平性です。世代間の公平性の岐路に立っているということを、これから認識しておいてほしいと思います。以上が私の講義です。
         (本稿作成者 岸本 渉)
参照部
 
(1)
IPCC:気候変動に関する政府間パネル    8
(2)「確認埋蔵量」:
科学的な調査によるとどれだけ石油が地面の中に埋まっているか、という量              5
(3)「推定埋蔵量」:
地形などから考えてこれだけあってもおかしくないという量のこと                 5
(4)「地球温暖化の今後に関する調査」:    8
 
過去の温度の実測値とコンピュータのシミュレーションを併せて示したもの。コンピュータで、例えばCO2以外のメタンなどの、温室効果ガスを組み入れている。