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環境問題への財政学的アプローチ

6月22日 神野直彦

0.イントロ

 今日は環境と財政の関係について、主として租税の話に焦点を当てて、話したいと思います。
 私の専門は財政学なのですが、財政学、というのは、新古典派経済学と全く対立する立場にあり、なじみにくいかたもいらっしゃると思いますが、よろしくお願いします。

 1873年から1896年にあった大恐慌。このときは、軽工業から重化学工業への移行期でした。この過程で、人類は2つの機械を作り出します。自動車と家庭電化製品です。人間の手と足が独立したスタイルになったのです。現在、いよいよ重化学工業の時代が終わりを告げて、新しい「知識や情報」(頭脳が独立したスタイル)の時代になってきました。情報や知識はすべてマネーに置き換えられますから、金融業が基礎産業になってきます。知識や情報産業を引っ張っていく戦略産業がまだないので、金融業が過剰整備を抱えて、あえいでいる状態にあるのです。これまでの戦略産業である自動車や家電は、石油が枯渇した時点で使えなくなります。ヨーロッパでは、対策がすでに進んできています。車が町の中に入らない社会をつくっているのです。LRT(トラム)と自転車と自分の足が移動手段となります。芝生と自転車道と歩道があればよい、という町になるでしょう。

 日本は、今後、町を作り変えていかなければならないと思います。先日、ストックホルムに言ったとき次のような会話がなされました。「自分の町はストックホルムから遠いから、買い物が不便でしょうがない」「いや、あなた、自分の住んでいる町の商店街で買い物をしなければ、あなたの町はどうなるのですか、移動できないお年寄りや子供はどうすればよいのですか。私は自分の商店街で買い物をしますよ」。日本にも、同じような問題があります。商店街が衰退し、郊外のショッピングセンターがはやる。


1・財政学とは

 さて、大不況に襲われていた1870年代、新古典派経済学(限界効用曲線を導入しながら。市場万能主義。競争万能主義。)と、財政学市場は、社会を動かしている動力源にはなるが、舵取りは財政がやらなければならない。財政と市場の両輪があって初めて社会が動くのだ。)です。


 財政学は、次のように考えています。


社会の構成要素

 社会を構成する3つのサブ・システム=「政治(政府、国家)」「社会(共同体)」「経済(市場)」。社会システムは愛情(自発的な協力)によって、政治システムは強制力によって、経済システムは競争によって、結ばれているシステムであります。これらは相互に関係しています。共同体的な人間関係には、顔見知りの関係がなければならない。逆に、顔見知りの関係であれば人間は協力し、それが共同体的なシステムです。大きな川の水の使用力を制御しようとすると、隣町の人同士の協力が必要になるのですが、顔見知りではないので自発的な協力は起こらない。そこに、政府が必要となってくるのです。


社会を構成する三つのサブ・システム社会を構成する三つのサブ・システム





財政の必要性

 通常、経済学では、市場の失敗により国家が発生したと考えます。しかし、事実は、共同体の失敗を克服するために国家が誕生したと考えます。人間は自然を破壊するものです。しかし、共同体のもとでは、自然の再生能力以上に自然を破壊しません。さて、農業は、生きている自然を原料とし、自然を原則的には破壊しません。したがって、自然の再生が必要になってくるのです。この点が工業と違うところです。工業は、死んでいる自然を原料としているのです。ただし、西洋の農業は自然を破壊します。アラビア半島は、緑の半島だったのに連作によって砂漠になってしまいました。東洋の農業は、「水」に支えられて、持続的に営まれてきました。「水」は「森」によって支えられています、従って、例えば日本の神道では木を切ることが禁じられているように、日本人は「森」を大切に大切にしてきました。

 ミャオ族(中国南部の民族)は、棚田で田んぼを作っている民族です。森林に囲まれて生きてきた民族です。しかし、いま、森林が伐採の危機にあります。きっているのは日本の商社です。日本の商社は世界から木をきりまくっているのですが、そのために、日本の森林はきられなくなりました。これは、「市場」が成立したためです。「市場」が成立したのは、日本でいうと明治時代以降であります。「市場」「生産物市場」「要素市場」がありますが、「市場社会が成立した」というときは、「要素市場が成立した」ということです。生産物の取引は昔からありました。要素市場とは、生産要素(特に本源的な生産要素=自然、労働)を取引する市場です。生産物は所有権が明確です(「この柿は、私がつくったものです」)が、生産要素は国家が所有権を決定させないといけません。市場社会においては、共同体の中から生産の行為が抜け落ち、生産の行為は企業に移行されていきます。共同体は、生産の行為を知ることができなくなってきました。

 国家、市場、共同体、この3つだけでは社会は不十分です。その3つをまとめるために出てくるのが、財政です。「財政」という言葉は福沢諭吉が作った言葉で、もともと、public financeの略です。明治になって、初めてできた言葉です。


市場経済はなぜ生まれるのか

 市場経済がなぜ生まれるのかというと、次の理由によります。国家や共同体は、ニーズ(人間が生きていくために必要なもの)は満たせるが、欲望(人間が生きていきためには必要ではないが、膨れ上がっていくもの)を満たすことはできない。どんどん膨れ上がっていってしまうのですから。その役割を果たすのが、市場です。しかし、市場はニーズを満たすのは不得意です。そこで、家庭や国家がニーズを満たそうとするのです。具体的に考えていきましょう。医療が満たすのはニーズでしょうか、欲望でしょうか。薬を飲みまくったり治療を受けまくったりはせず必要に見合って満たすのですから、ニーズになります。したがって、医療は市場にまかせてはいけない、ということになるわけです。


財政の課題

 市場の影の部分を少し見てみましょう。本来、グッズバッズはどちらも共同体によって、共有されていました。しかし、自然が市場に入り込むと、バッズは市場には出てきません。もうひとつ、家庭に見られるようなハウスワーク、これは市場に入り込んでいないため、無償の労働となります。これも市場にのっかりません。その市場にのっからないものを解決していくことが、財政の役割です。環境問題と、福祉。この2つの問題が市場経済下における財政の課題です。


環境政策

 環境政策は、2つに大別されます。直接規制経済的手段です。直接規制は、規制を守らせなければいけないのですから、背後に「暴力(正当化された力)」がなければなりません。経済手段には、税金、補助金、排出権取引の3つがあります。

 企業は財とサービスを家計の購買力に応じて貨幣と交換します。それに対して、家計が配る財とサービスは無償で提供されます。また要素市場に労働を売ってお金を調達します。政府は財とサービスを無償で提供します。しかし、事業を行うためには、お金が必要です。そこで調達されるのが税金です。また、市場がニーズを提供することになる場合、補助金を与えます。


税金、環境税

 さて、整理していきます。税金の取り方には2つ。市場で流通しているお金、人間が所有しているお金。生産物市場で動いているお金は、消費税などの間接税といわれます。要素市場では、固定資産税や社会保障負担、法人税など、家計では、所得税など。

 環境税には、どのような税金があるのでしょうか。4つあります。


有害物に課税

 まず前提知識として、税金の構成要素は2つ。課税主体(納税者)課税客体(何に税をかけるのか。これを数量化したものを課税標準という。課税標準に税率をかけると税金の金額になる)。そして、例えばCO2やSOxを出した量を課税標準とする場合が環境税と呼ばれます。こういうことを言い始めたのが、ピグーさんです。ミクロ経済学では、需要曲線供給曲線が交わるときに価格が決定します。しかし、その中には、外部費用が含まれていません。外部費用を含めるために必要になるのが、ピグー税です。しかし、外部費用がいくらになるかは実際に算出することは難しいです。ボーモル=オーツ税というのが、その額を社会的に決定しようというものです。


消費行為税

 通常、使い捨て税といわれたりします。これは、あらかじめ生産物に税金をかけておき売る、そしてその生産物を適正に処分すればその金額を払い戻す、というものです。デポジット制のことです。例えば、ヨーロッパでは、ペットボトルやビンカンなどの自動回収機があります。この税金をかけておけば、例えば、落っこちているビンなどのごみを拾ったほうが得するのですから、町はきれいになっていきます。しかし、コミュニティー(人間同士の結びつき)がしっかりしていないとダメです。


既存税制への環境基準の導入

 税金は公正の原則に基づくものでなければなりません。例えば、自動車税は、自動車という財産にたいしてという意味、また自動車を使うことによる道路損傷を負担する意味、自動車に乗ることは贅沢だという意味、その3つの理念を持っています。しかし、プリウスを買うとき、それは贅沢なのか(奢侈品なのか)といったら、今の時代の理念からすると違うといえます。また、「道路損傷」よりも「環境損傷」を問題とすべきであり、環境損傷の大きいものから税金を多くもらうべきではないか、とも考えられます。これらの考え方が、自動車税のグリーン化といわれるものです。低燃費車(省エネ)、低公害車(ガスがクリーン)の開発など、技術革新は進んでいるのですから、具体的な議論ができる状態になってきています。


環境保全財源への充当税

 罰するのではなく、誉めるということです。アメリカでいうとスーパーファンド税と言われる、廃棄物処理のための財源を法人税に上乗せするという税があります。しかし、そのままではうまくいかず、現在はその企業の石油購入量に見合ったお金を財源として廃棄物処理を行っています。

 あとは、これらの税金を組み合わせながら、どういう環境を作り上げていったらよいのか考えなければなりません。環境の構成要素には、大気、水、火、土があります。神奈川市の新税として、「環境保全税(大気にたいして)」「水源環境税(水に対して)」「都市生活環境税(土に対して)」「都市防災税(火に対して)」が考えられました。


3.まとめ

 さて、まとめです。グローバリゼーションが進展する現在、補完性の原理がますます重要になってきています。一人→市町村→都道府県→国→国際組織、、、という風に、誰かができないことを誰かが担うということです。下から上へとボトムアップで財政整備をする仕組みづくりが必要となっています。






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